2010年以降、日本の人口は減少し続けており、それによって人手不足、社会保障の行き詰まり、地域の疲弊など多くの問題が現れてきている。これに対しては二つのタイプの対応が考えられる。一つは、少子化対策などによって人口減少そのものに歯止めをかけようとする「抑制戦略」であり、もう一つは、省力化技術開発などによって、人口が減っても経済社会に悪影響が及ばないようにする「適応戦略」である。
私は、これからの人口政策は適応戦略を中心にすべきだと考えている。人口が減っていくことを受け入れて、人口が減っても国民のウェルビーイングが損なわれないようにしていくことを基本方向にすべきだということであり、私はこれを「スマートシュリンク(賢く縮む)」と呼んでいる。
スマートシュリンクが求められているのは、日本の人口減少がもはや避けがたい流れとなっているからである。この点を、合計特殊出生率という視点から考えてみよう。合計特殊出生率(以下、出生率)は、一人の女性が一生の間に平均何人子供を産むかを示すものだが、これには重要なメルクマールが三つある。
一つ目は、人口水準を一定に保つための出生率(置き換え水準)2.07である。人口減少をストップさせるためには、出生率がこれ以上でなければならない。
二つ目は、新型コロナウィルス感染症(以下、コロナ)が経済社会を混乱させる前の段階での希望出生率1.8である。希望出生率というのは、結婚したい人は全て結婚し、産みたいと希望する子供が全て産まれるとした場合の出生率である。
三つ目は、コロナ以後の希望出生率である。最新の調査では、コロナ以後、若年層で結婚したいという希望が薄れ、希望する子供の数も減少していることが判明している。こうした事情を考慮して再計算してみると、希望出生率は1.6程度に低下している。
さて、日本の最新の出生率(2023年)は1.20であり、人口置き換え水準2.07とはかなり距離がある。少子化対策に力を入れれば、出生率はもっと高まるはずだと考える人もいるだろう。政府は、毎年3.6兆円規模の少子化対策によって、若者の所得環境の改善、子育て世帯の支援などを行うとしている。しかし、若者の所得が増えて結婚したい人が結婚できるようになり、子育てコストが軽減されて、希望する子供の数を産めるようになったとしても、現状では出生率は、コロナ後の希望出生率である1.6にしかならない。2.07まで引き上げるのが難しい以上は、人口減少は不可避だと考えるべきだろう。
人口減少が不可避であれば、我々に残された道はスマートシュリンクしかない。私はかなり前からこのスマートシュリンクを主張しているのだが、いろいろ異論も出る。異論が出やすいのは次のような点だ。
第1に、「シュリンク(縮む)」という言葉には負のイメージが伴いやすいが、これは必ずしも正しくない。多くの人は、人口が減ると言われると、経済も国民の所得も減っていく世界をイメージするかもしれない。しかし、既に日本は2010年頃から人口減少社会に入っているが、2010年と2023年と比較してみると、GDP(実質)は9.1%、同(名目)は17.1%、個人消費(名目)は12.1%、国税収入は67.8%増えている。人口が減っても、現実の経済は、生産性が上がり、付加価値が増えて、拡大し続けているのである。
第2に、適応戦略が基本だと主張すると「では少子化対策は必要ないのか」という反応が出るのだが、決してそうではない。人口が減ることが経済社会に負の影響を及ぼすことは間違いないのだから、できるだけ人口減少のスピードを緩めて行くことは必要だ。しかし、「人口減少をストップさせる」といった実現不可能な目標を掲げて、莫大な予算をつぎ込むことは、その目標が実現せずに失望するだけでなく、不必要な財政赤字を生んで、将来世代の負担を増やすことになってしまう。私は、まずはコロナ後の希望出生率1.6を目指し、長期的にはその希望出生率を1.8程度まで高めていくことを目標としてはどうかと考えている。
第3に、これからはスマートシュリンクだと言うと、「具体的には何をするのだ」という反応が出るのだが、よく考えてみると、スマートシュリンクに向けての動きは各方面ですでに始まっている。
供給力を強化し、労働生産性を高めようとする経済政策(いわゆる「成長戦略」)は、人口減少下でも持続的な経済成長を目指すものだ。厳しさを増す人手不足に対して、企業は省労働力型の技術を導入したり、女性や高齢者を積極的に採用したりしている。厳しい人口減少に直面している地域においても、社会資本整備計画の見直し、コンパクト化(中心部への集約化)、地域間連携などの対応を進めている。いずれも、人口減少下でも人々のウェルビーイングが損なわれないようにしようとするスマートシュリンクの動きである。
こうしたスマートシュリンクに向けての認識がより広く浸透していくことを期待したい。