東京一極集中と人口減少の関係

著者
大正大学地域構想研究所 客員教授
小峰 隆夫

私は50年以上もの間、経済学的な考え方で経済社会の諸問題を考えてきた。これほど長い間それを続けてきたのは、そのアカデミックなアプローチが多くの知見に結びついてきたからだ。
そのアカデミックアプローチの特徴はいろいろあるが、ここではそのうちの二つ「疑問が出たら、分かったと思うまでしつこく考え続ける」「表面的な印象で判断せず、データで裏付けてみる」を紹介する。

実例があった方が分かりやすいだろう。そこで、「東京一極集中の是正は少子化対策になるのか」という問題を取り上げてみよう。時あたかも、石破新総理が登場した。石破総理は地方創生に熱心であり、10月の所信表明演説でも「地方創生をめぐる、これまでの成果と反省を生かし、地方創生2・0として再起動させます」と表明している。
ではその反省すべき点とは何だろうか。私は、東京一極集中の是正を少子化対策として位置づけてしまったことがその一つだと考えている。

石破氏が地方創生担当大臣だった時に進められた地方創生の基本方針では「人口減少・地方創生という構造的な課題に正面から取り組む」としており、そのための基本方針の1つとして「東京一極集中の是正」を掲げている。
では、なぜ東京一極集中の是正が少子化対策になるのか。その唯一の理由は、東京都の出生率が低いということである。出生率の低い東京から人々が脱出して、より出生率の高い地域に住むようになれば、日本全体の出生率も上がるはずだという理屈である。確かに、2023年の東京の出生率は0.99で、全国で最も低いから、この理屈は一見正しいように見える。
これをアカデミックアプローチの第1「疑問が出たら、分かったと思うまでしつこく考え続ける」を使って考えてみよう。

この問題について私が疑問を感じたのは、国立社会保障・人口問題研究所長の林氏のインタビューを見た時だった(2024年7月11日、日本経済新聞)。この中で林氏は「大学進学や就職で地方から未婚の若い女性が上京すると、東京都の見かけ上の出生率は下がる」と指摘しているのだ。
私は「そんなことがあるのか」と思ったのだが、その理由が分からない。しかしここで終わってしまっては何も得るところがないから、私はなぜそうなるのかを調べ始めた。調べ始めると、次々に材料が集まってきた。その結果分かったことは次のようなことである。
今、日本には東京都と自治体Aだけがあったとする。それぞれに20代後半の女性が1000人ずつ居住しており、既婚女性と未婚女性が半分ずつだとする。ある年に生まれた子供がそれぞれ10人だったとする。この10人は既婚女性から産まれている。20代後半の女性の出生率(100人当たりの出生数)はどちらも1.00である。ここで、自治体Aから東京都に未婚女性が100人転出したとすると、自治体Aの出生率は1.11(10÷9)、東京都の出生率は0.91(10÷11)となる。未婚女性が流出した地域では、出生率は高く、流入した地域では低くなるのである。
同じことが、東京都と東京都以外の道府県との間で起きていると考えられる。東京都に転入してくるのは、就職や就学の機会を求めた若年層で未婚者の割合が高い。すると、前述の例のように、東京都の出生率は見かけ上低くなってしまうのである。
ちなみに、東京都の資料によると、結婚している女性が産む子供の数(有配偶女性1000人に対する子供の数)は、2020年で全国平均が72.9であるのに対して、東京都は74.9である。むしろ東京の方が高い。
東京の出生率は低いという事実そのものが怪しくなってくるのである。
もう一つのアカデミックアプローチは「データで裏付けてみる」ということだった。これを、「出生率の低い東京都から、出生率の高い地域に人が移動すれば、日本の出生率は上昇する」という議論に適用してみよう。
2023年の東京都の出生率は0.99だった。他の道府県を見ると、九州は比較的高く、7県の平均で1.43である。今、東京都の人口(1400万人)の1割が、出生率1.52の九州に移住し、移住先の出生率が実現するとしよう。
これによって日本全体の出生率はどうなるだろうか。東京都の人口は日本全体の約1割であり、そのまた1割が移住するわけだから、移住する人口は日本全体の1%だ。東京都と移住先の出生率の差は0.44(1.43‐0.99)だ。すると、この人口移動によって日本の出生率が上昇する度合いは0.0044(0.44×0.01)だ。1.20だった出生率は、四捨五入してしまえば動かない。
要するに、人口移動によって出生率を引き上げようとすることはほとんど意味がないということだ。日本全体の出生率を引き上げようとすれば、各都道府県の出生率を引き上げていくしかないのである。

以上のような二つの例を見て、読者の方々はどう思われるだろうか。何気なく納得していることも、アカデミックにしつこく調べたり、数量的なチェックをしてみると案外根拠が薄かったり、間違いだったりということがあるのだ。私がアカデミックアプローチにこだわる理由を分かっていただけただろうか。

2024.10.15