女性はなぜ出ていくのか

著者
大正大学地域構想研究所 客員教授
小峰 隆夫

先日NHKのクローズアップ現代で女性たちが地方を去っていく背景を取り上げていた(「女性たちが去っていく 地方創生10年で何が」2024年6月17日放送)。この中で地方から東京に来た女性が「東京が令和だとすれば、地方は江戸時代ですよ」という強烈なコメントを発していた。地方の社会意識が女性をいかに住みにくくしているかを述べたものだ。今回はこの問題を考えてみよう。
総務省「住民基本台帳人口移動報告」によると、2023年に都道府県間を移動した人の数は254.5万人で、その内訳は男性が141.6万人、女性が112.8万人である。男性の方が多い。
ところが大都市圏への移動となると話が違ってくる。 最も人口の転入者が多い東京圏への転入者を男女別に見ると、男性が5.8万人、女性が6.9万人であり、女性の方がかなり多い。年齢別には15~29歳の若年層が多く、道府県別には、東北、北関東、甲信越地域からの転入者が多い。
こうした女性の大都市圏への移動は、少子化の一因になっている可能性がある。
女性が地方から大都市に流入すると、地方部では男性と女性の人口がアンバランスになる。2020年の国勢調査によると、20~34歳の年齢層で未婚者の男女比(女性を1とした場合の男性の数)は、全国平均が1.15であるのに対して、東北、北関東、甲信越の県ではこの比率が高い。福島県1.35、茨城県1.33、栃木県1.32、山形県1.30、秋田県1.29といった具合である。
同一地域内で男性と女性の人口がアンバランスになると、結婚相手を探すのが難しくなる。結婚が難しくなれば子供の数も減るだろう。若い女性の東京圏への移動は、結婚のマッチングを難しくすることによって人口減少を招いている可能性がある。
ではなぜ女性は東京圏を目指すのか。この点については内閣府が、地方から東京圏へ移動した人にアンケート調査したものがある(「令和4年度 性別による無意識の思い込み(アンコンシャスバイアス)に関する調査研究」)。この中で東京圏へ移動した理由についての質問がある。
その結果によると、男女ともに「進学や就職したい先があった」という答えが最も多かった(男性79.3%、女性70.1%)。これは当然だろう。
ところが2番目以降の理由については男女差が出てくる。「娯楽や生活インフラが充実している(女性25.4%、男性13.8%)」「他人の干渉が少ない(女性23.9%、男性12.6%)、「多様な価値観が受け入れられる(女性13.4%、男性5.7%)」という具合だ。
このアンケートではさらに、(東京に出てくる前の)中学時代の地方での生活はどうだったかを尋ねている。これによると、特に女性の回答割合が高かったのが「地元の集まりでお茶入れや準備などは女性がしていた」「地元は住民間のつながりが強かった」「地元では世間体を大事にする人が多かった」といった項目であった。
こうした項目では男女差が大きく、例えば「お茶の準備は女性が」という設問については、女性が29.4%に対して男性は16.5%である。ということは、女性のお茶くみといった慣習は、男性にとっての無意識な思い込み(アンコンシャスバイアス)となっていることを示している。
女性は、こうしたアンコンシャスバイアスを避け、地域のコミュニティの強いつながりや世間体を重視する生活を嫌って、多様な価値観を受け入れてくれる東京圏に移ってきているということである。
ではこうしたアンコンシャスバイアスをなくすにはどうすべきか。これは人々の意識、価値観の問題であるため、政策的に是正するのは難しい。そこで私が考えたのは、「年代的には相対的に若い層ほどアンコンシャスバイアスが少ないだろうから、世代の交代が進めば、日本全体のアンコンシャスバイアスも次第に薄れていくだろう」ということだった。ところが、ここから話は意外な展開を見せることになる。
私は前述の内閣府の調査を見れば、年代別のバイアスの状況が分かるのではないかと考えた。そこで前述の調査をっもう一度見てみると、職場における性別役割意識を調べたものがあり、その結果が年齢別に示されていた。「おおこれだ」と思った私は、期待通りの調査があったので喜んだのだが、その結果を見て驚いた。
この調査では、職場における男女の役割分担意識を知るために「職場では、女性は男性のサポートに回るべきだ」「男性は出産休暇/育児休業を取るべきでない」「営業職は男性の仕事だ」「女性社員の昇格や管理職への登用のための教育・訓練は必要ない」といった設問への意識を尋ねている。
その結果を見て私は驚愕した。いずれの調査でも年齢の若い層の方が「そう思う」という答えが多いのだ。例えば、「職場では、女性は男性のサポートに回るべきだ」という設問への「そう思う」と「どちらかと言えばそう思う」の合計は、20代男性が20.5%であり、年齢層が上がると低くなっていって60代では9.5%である。「女性社員の昇進や管理職への登用のための教育・訓練は必要ないは、20代が17.2%。60代が11.9%である。他の設問への回答も同じである。
私はこの結果が信じられなくて、何度も「目盛りが逆なのではないか」と見直したものだ。この結果をどう解釈するかは難しいが、職場での経験が短い時はアンコンシャスバイアスが強いが、経験を積むにつれてバイアスがなくなるということかもしれない。
アンコンシャスバイアスは、無意識のバイアスであるため、簡単にはなくならないかもしれない。地域に女性を引き留めるためにバイアスをなくすのではなく、そもそもこうしたバイアスの存在が女性のウェルビーイングを損なっているという認識を出来るだけ多くの人に持ってもらうようにするしかないようだ。

2024.07.16