今回は思い出話である。現在では、「人口問題」と言うと、多くの人が思い浮かべるのは「少子化」や「人口減少」だろう。しかし、かつてはそうではなく、真っ先に思い浮かべるのは「高齢化」であった。
私が最初に人口問題に接したのは、経済企画庁の役人時代の1981年に、20年後の21世紀の日本を展望する作業に参加した時である。その成果は「2000年の日本 -国際化、高齢化、成熟化に備えて-」という報告書となった。この副題からも分かるように、1980年代頃の人口問題の中心は「高齢化」だったのだ。
振り返ってみると、そもそも「少子化」という言葉そのものが、比較的新しい言葉である。日経テレコンで「少子化」を検索してみると、1983~91年の間でヒットしたのはたったの6件である。そのヒット数は92年から増え始め、92年が18件、93年が47件、94年が142件となっていく。「少子化」と言いう言葉は、1992年から本格的に使い始められた言葉なのであり、その前はほとんど存在さえしなかったのだ。ではなぜ92年からなのか、クイズに出したくなるような問題だが、これは、ある政府の文書がきっかけになっている。
かつて経済企画庁は、毎年、「国民生活白書」という文書を出していた。その1992年度の白書の副題が「少子社会の到来 その影響と対応」であった。この白書では、出生率の低下に伴い人口に占める子供の割合が減っていく「少子化」が進めば、社会全体の活力が損なわれる可能性があると警鐘を鳴らした。これが「少子化」という言葉が使われるようになったきっかけである。
この白書について、日本経済新聞の記事は次のように報じている(1992年11月9日)。
「経済企画庁は92年度版の国民生活白書を発表する。今年のテーマは出生率の低下やそれに伴う子供の数の減少を意味する『少子化』。耳慣れない言葉だが、執筆にあたった川本敏国民生活調査課長は『最初は違和感があっても、現代社会の大きな流れを表す概念だから、これから確実に広まるはず』とみる。」(一部要約)。
この記事からも分かるように、当時は「少子化」という言葉は、耳慣れない違和感のある言葉だったのだ。そして川本氏の「これから確実に広まるはず」という指摘は全く正しかったのである。
日本の出生率は1970年代半ばから継続的に低下してきたのだが、なぜ80年代までは「少子化」が問題にならなかったのだろうか。それは、多くの人が、出生率の低下は一時的なものであり、やがて回復して、人口減少もストップするはずだと考えていたからである。私自身もそうだった。前述の「2000年の日本」という報告書では、出生率はやがて回復するという見通しを示している。その原案は私自身が執筆したのだが、その中で、出生率がやがて回復する理由として、次の3点を挙げている。
第1は、第2次ベビーブーム(1970年代前半世代)の女子が出産適齢期を迎えることだ。出生数は、出産する女性の数と出生率で決まってくる。出生率が余程下がらない限り、女性の数が増える効果が大きいと見たわけだ。
第2は、女性の大学・短大等へ進学率がやがては頭打ちになるはずだから、初婚年齢の上昇も止まるということだ。当時は女性の進学率が急上昇していたのだが、近い将来その上昇はストップすると考えたわけだ。
第3は、日本では、一生結婚しない人や無子の夫婦が少ない等、家族観がヨーロッパ諸国とは異なることだ。欧米では出生率の低下が続いているようだが、日本は違うのだというわけだ。
しかし、この3点の指摘はいずれも全くの間違いだった。
第2次ベビーブーム世代は出産適齢期になり、女性の数は増えたのだが、出生率がさらに低下したため、出産数は増えなかったのである。この時期は、総人口を少しでも回復する上で、日本に残された最後のチャンスだったわけだが、残念ながらこのチャンスは生かされなかったのだ。
女性の進学率は、の頭打ちどころか、さらに上昇し続けた。女性の大学(短期大学も含む)は1980年の33.3%から上昇し続け、最新の2022年には53.4%となっており、女性の初婚年齢は、1980年の25.2歳から上昇を続け、2020年には29.4歳となっている。
日本の家族観はヨーロッパ諸国とは違うという見込みも見当違いだった。50歳時点での未婚率は、男性が1980年の2.6%から2020年には28.3%に、女性も4.5%から17.8%にまで上昇している。現在では逆に、少子化に対応するためには、欧米諸国のように結婚にこだわらない多様な家族の形態を認めた方がいいのではないかという議論になっている。
かつては私も含めて多くの人が「出生率の低下傾向は一時的なものだから、この点を心配する必要はない」「日本の人口減少が長期的に続くはずがない」と考え、それにはそれなりの理由もあった。しかし、これらの希望的観測はことごとく裏切られ、日本は少子化、人口減少の道を急スピードで進んでいくことになったのである。
高齢化から少子化へ
2023.12.01