-フューチャーデザインの経済政策への応用-

著者
大正大学地域構想研究所 客員教授
小峰 隆夫

前回も紹介したように、当地域構想研究所が実施している地域戦略人材塾の人気メニューの一つがフューチャーデザインである。これは、政策課題を考えるグループに仮想将来人を入れるという方法である。地域問題を議論する時に、一般市民を入れて議論の場を設けることが多いが、そんな時に一部の市民に将来世代になったつもりで議論に参加してもらうのである。既にいくつかの地方自治体で使われており、どうやら地方自治体にとって使い勝手が良い仕組みであるようだ。
国のレベルでも、最近、財務省が熱心に取り組んでいるのだが、まだ残念ながら国政レベルでは具体的な成果が出るまでには至っていない。私の専門は国全体の経済政策なので、是非経済政策の分野でもフューチャーデザインを取り入れて欲しいと思っている。そこで、国全体の問題にフューチャーデザインを適用するとどうなるかを考えるため、私自身が仮想将来世代になってみよう。

フューチャーデザインは、「現在は大きな問題になっていないが、このまま何もしないでいると将来大きな問題になる」という課題に特に有効である。現在世代はどうしても「現在は大きな問題になっていない」方を中心に考えてしまうが、将来世代は「将来大きな問題になる」方を中心に考えるからである。
するとすぐに思い浮かぶのが財政赤字の問題である。日本の財政赤字は主要先進国の中でも、飛び抜けて悪化している。データを示し始めるときりがないが、例えば、2023年度予算での国の歳出は114兆円だが、そのうちの36兆円は公債で賄われている。要するに約3分の1は借金である。経済学者が重視する指標は「公債残高の名目GDP比(簡単に言えば、年収の何倍の借金があるのか)」なのだが、2023年で日本は258%(つまり2.6倍)であり、主要国の中で次に大きいのがイタリアの140%だから、ダントツの高さである。
こうしてかなりひどい財政状態なのだが、それによって現時点で何か不都合な問題が起きているかというと、驚くべきことに何も起きていない。すると、前述のように、現世代の人々は「これまで問題が起きていないのだから、しばらくの間は問題ないだろう」と考え、「増税や歳出カットなど、痛みを伴うような政策は、現時点では必要ないだろう」いうことになる。
そこでこの問題を将来世代(ここでは50年後の人になってみる)の眼で考え直してみよう。50年後の私だったら次のように考えるだろう。

50年前(現在のこと)には、物価対策、少子化対策、社会保障などに気前よく歳出を振り向けていたようだ。しかし、あのころ財政が大きな問題にならなかったのは、日本銀行がデフレからの脱却のために異次元緩和を続けており、国債の金利がほとんどゼロだったからだ。金利がゼロであれば、国債を通じて「借りては返す」ということを繰り返しても、借金の残高は増えなかった。しかし、日本経済がデフレから抜け出し、2%程度の物価上昇が当然のようになると、国債の金利も上昇して行った。すると、「借りては返すということを続けていると、借金の残高が増えていく」という状態になり、公債残高のGDP比率はどんどん上昇して行った。そしてついに、日本国債が信用されなくなり(返してくれないかもしれないと疑う人が増えてきた)、とうとう円レートの大幅下落、物価の大幅上昇という事態になった。いわゆる「財政破綻」だ。
ようやく事態の深刻さに気が付いた日本は、消費税を引き上げ、歳出をカットし、大変な苦労をすることになった。今(50年後)から見れば、50年前の状況がいつまでも続けられないことは明らかだったはずだ。どうして50年前の人々は、こんな簡単なことに気が付かなかったのだろうか。

というのが私が仮想将来人になった時の考えだが、国政レベルでの議論にこれを適用するのは難しいかもしれない。仮想将来世代になった人が、私のように考えるとは限らないからだ。世の中には「日銀が円で通貨を発行できるような状態であれば、財政が破たんすることはない」という人もいる。ランダムに将来世代の代弁者を選ぶと、どんな人が代弁者に選ばれるかによって結論が随分違ってくることになりそうだ。
すると、将来世代の代弁者として選ばれた人たちに、想定される将来の経済社会の姿をある程度共通認識として共有してもらった方がいいかもしれない。しかしその場合にも、どんな将来像を共有してもらうかによって結論が変わりそうだ。あるいは、複雑なことを考えずに、AI(人工知能)に情報を与えて、将来の姿を描いてもらった方がいいのかもしれない。
フューチャーデザインの発想はまだまだ始まったばかりであり、これから多方面での議論が繰り広げられることになりそうだ。

2023.11.01