地域構想研究所で私が主催している「地域戦略人材塾」は3年目になるのだが、受講者から特に大きな関心を集めているメニューが二つある。一つは、前回紹介したナッジであり、もう一つが今回紹介するフューチャー・デザインである。フューチャー・デザインというのは、長期的な政策を考える際に、意思決定の際のグループに「仮想将来人」を入れるというアイディアである。例えば、2060年頃までを見据えたプロジェクトを議論する場合、「仮想将来人」になった人には、30~40年後の人になったつもりでプロジェクトを考え、意見を出してもらうのである。
我々は必ずしも「自分さえよければいい」という利己的な側面だけでなく、「他人も幸せになって欲しい」という利他的な心情を持っているので、仮想将来人になった人は、かなり本気で30~40年後の人になって意見をのべるようだ。
この手法は、現在各方面で急速に広がりを見せており、その有効性が確かめられている。地域問題についての市民参加の手法としてもいくつかの自治体で実施されており、岩手県の矢巾町では、市民参加型で総合計画を策定する際に、フューチャー・デザインが取り入れられており、高橋昌造町長は「フューチャー・デザインタウン」を宣言している。政府でも、財務省が主計局内にチームを作って活用しつつある。国際的にも注目されるようになっており、フォーリンアフェアーズ掲載の「歴史の始まり」(2022年9,10月号)という論文で矢巾町の例が紹介されている。
フューチャー・デザインは、京都先端科学大学特任教授の西條辰義教授らのグループの研究から始まった日本発のアイディアである。9月17日には、地域戦略人材塾で、その西條先生にフューチャー・デザインについての講義していただいた。以下、フューチャー・デザインについての私の考えの一端をご紹介しよう。
我々現世代は、財政赤字を積み重ねたり、持続可能な社会保障制度の確立を先送りしたり、時代遅れの制度・慣行の改革をさぼったりしている。30年後の将来世代は、30年前を振り返って、なぜこのような無責任なことをしていたのかと考えるのではないか。
現時点で取られる政策の影響が将来世代に及ぶにもかかわらず、その意思決定は現世代だけ行われるから、どうしても現世代に有利でツケを将来世代に残すような政策が採用されがちとなる。しかし、将来世代は現在の社会的意思決定に参画できないのだから、これはどうしようもないことに見える。
そこを何とかならないか。すぐに思いつくのは「将来世代に近い若者を投票に参加させよう」ということである。選挙で投票できる年齢制限を引き下げることがこれに当たる。また、正式の政治参加ではないが、中学生や高校生に将来のための政策アイディアを出してもらうことも考えられる。高齢者は、将来が短いから目の前のことしか考えないのに対して、若者はこれから生きる時間が長いのだから、より真剣に長期的な将来のことを考えるはずだ。
しかし、若年層の方が高齢者よりも将来のことを真剣に考えているという保証はない。最近の研究によると、若年層はむしろ現在に関心があり、高齢者の方が長い先のことを真剣に考える傾向があるという結果も出ている。また、中学生や高校生だからといって、高齢者よりも将来のためにプラスになる政策を提案するとも限らない。人生経験が全く違うからである。
そこで経済学者は、投票の仕組みを変えてはどうかと考えた。例えば、赤ちゃんからお年寄りまで、国民一人一票とし、未成年の1票は親が代わりに投票するという手法はどうか。これはアメリカのドメインという経済学者が考えたもので「ドメイン投票」と呼ばれている。この投票方式では、親は子供分の一票を投じる際に、この子供の将来のことを考えて投票するはずだ。いわば親が将来世代の代理人になるのである。
私はこれは名案だと思っていたのだが、西條先生が9月17日の講義で紹介していたように、実験してみると、親はかえって利己的な投票に傾いてしまうという結果が出ているという。子供のためにはもう投票したのだから、自分の分の投票は自分が得をするようなものにしようと考えるからである。また、現実論として、投票方式を変えるとなると、憲法改正まで必要となる可能性があるから、かなり実現のハードルは高い。
これに対して、フューチャー・デザインは、設計次第で特定の層に偏らない人選が可能である。また、実施するに際しての法律改正なども必要ない。大がかりな準備が必要というわけではないので、大規模な予算を確保しないでもできる。特にやり方が決まっているわけではないので、試しにやってみて、うまく行かなかったら弾力的に修正して行けばいい。フューチャー・デザインが急速に広がっている理由はこの辺にあるのではないか。