コロナショック後の希望出生率を考える

著者
大正大学地域構想研究所 教授
小峰 隆夫

国立社会保障・人口問題研究所は、2022年(令和4)9月に「第16回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」(2021年)の結果を発表した。この調査は、国民各層の結婚や出産に関する意識を調べるもので、5年おきに行われてきた。本来は2020年の予定だったが、新型コロナウイルス感染症の影響で、1年遅れの調査となった。この調査から、次のようなことが判明した。
第1に結婚しないという人が増えてきた。18~34歳の未婚者のうちで、「いずれ結婚するつもり」と答えた人の割合は女性が84.3%、男性が81.4%だった。前回の女性89.3%、男性85.7%より低下した。
「一生結婚するつもりはない」と答えた人の割合も女性は8.0%から14.6%に、男性は12.0%から17.3%に上昇している。
第2に子どもを持ちたいという希望も薄れてきた。未婚女性が希望する子ども数は、前回の2.02人から1.79人に低下し、結婚5年未満夫婦の予定子ども数は2.04人から1.95人に低下した。また、「結婚したら子どもを持つべきだ」という考えに賛成の割合は、女性が67.4%から36.6%に、男性が75.4%から55.0%に低下している。
こうした結婚観を見て筆者がため息をついたのは、これが日本の人口政策の根幹を揺るがしかねないからだ。

政府の少子化対策にとって重要な政策目標「希望出生率」

この点を理解するには「希望出生率」という概念を知っておく必要がある。
日本の合計特殊出生率(以下、出生率)は、長期的に低下してきた後、一時やや盛り返したが、近年再び低下してきている(下図参照)。

日本では大部分の子どもが、結婚したカップルから生まれていることを考えると、この出生率の低下には、二つの理由が考えられる。
一つは、そもそも結婚しない人が増えたことであり、もう一つは、結婚した後に生まれる子どもの数が減ったことである。しかし、当の人々がこうした行動選択に満足しているかというと、必ずしもそうではない。結婚したいのに結婚できない人や、もっと子どもが欲しいのに諦めている人もいるからだ。
そこで、仮に結婚したい人はすべて結婚し、産みたいと思っている子どもをすべて産むとしたら出生率はどうなるのか。このように、人々の希望がすべてかなえられたときに実現する出生率が「希望出生率」である。これについては一定の計算式があり、これまでは1.8とされてきた。
この希望出生率は政府の少子化対策にとっても重要な政策目標となっている。2020年に閣議決定された「少子化社会対策大綱」では次のように述べられている。
「一人でも多くの若い世代の結婚や出産の希望をかなえる『希望出生率1.8』の実現に向け、令和の時代にふさわしい環境を整備し、国民が結婚、妊娠・出産、子育てに希望を見出せるとともに、男女が互いの生き方を尊重しつつ、主体的な選択により、(中略)子供を持てる社会をつくることを、少子化対策における基本的な目標とする。(後略)」
筆者は、このように希望出生率の実現を政策目標とすることについては「うまく考えられているな」と思っていた。

結婚、子育て、将来に安心できる社会形成が希望出生率を上げていく

かねてから少子化対策には「個人の意思決定に政府が介入するのか」という批判があった。確かに、結婚するかどうかや、何人子どもを持つかは個人の価値観に基づいた選択によるものであり、そのことに国が口を出すのは難しい面がある。
しかし、希望出生率は人々の希望を実現することによって導き出されるものだから、その実現のために政府が努力するのは当然である。
また、政府は人口1億人という目標を掲げているが、人口を一定レベルに維持するためには、出生率を2.07以上にする必要がある(これを「人口の置換水準」という)。
将来2.07を目指す上でも、1.8という数値は中間目標としてちょうど良いレベルである。
ここで、結婚観の変化が重要な意味を持つことになる。希望出生率は、既婚者については夫婦の予定子ども数から、未婚者については結婚希望割合と理想子ども数から算出される。ところが、前述のように近年夫婦の予定子ども数も、結婚希望者の割合も、未婚者にとっての理想の子どもの数も減ってきている。
1.8という数字は、2010年(平成22)のデータに基づいて計算されているようだが、筆者が最新のデータで計算してみると、1.6程度に低下している可能性があるとわかった。
1.6というレベルは、国際的にもあまり高い出生率とは言えないし、置換水準に対しても相当の距離がある。何より現状では、希望出生率が1.8ではなくなったのだから、政府の目標としての位置づけが難しくなった。
ではどうするか。筆者は、希望出生率そのものを引き上げていくことが必要だと思う。社会がもっと結婚にフレンドリーで、子育てに優しく、若者が将来に不安を持たないような社会になっていけば、結婚したいと考える人の割合は高まるだろうし、もっと子どもを産みたいと思うようになるだろう。
今回の「出生動向基本調査」の結果を見ると、働き方については、結婚、出産後も仕事を中断しない女性が増え(5割台から7割台へ)、夫が育児休業を取る割合が増え(1.7%から6.3%へ)、そして日常的に家事を行っている夫の割合が高まっている。
こうした動きがもっと定着すれば、希望出生率が高まることも十分考えられるのである。

(『地域人』第86号掲載)

2023.03.15