人口問題について -ある高校生との対話-

著者
大正大学地域構想研究所 教授
小峰 隆夫

先日、大学を通じてある高校生から私宛のメールを受け取った。
この高校生が通う高校では、「総合的な探求の時間」という授業があり、生徒一人一人が自分で考えたテーマに沿ったフィールドワークを行うのだという。
私にメールをくれたOさんは、「少子化のない社会」をテーマとして設定し、メールで質問に答えてほしいと依頼してきたのである。
今回はそのOさんとのやり取りを紹介する。

日本の出生率低下は伝統的な働き方が男女共同参画社会に合っていないから

Oさん 私は「総合的な探求の時間」に少子化をテーマとして設定しました。長い間、問題にされているにもかかわらず、少子化は今も進行しています。どうしたら少子化を止めることができるのでしょうか。
小峰 最初にお断りしておきたいことがあります。それは、今回、お答えする少子化のような問題には「正解がない」ということです。皆さんは、試験勉強をするときは、いつも「何が正解か」を考えるでしょう。しかし、現実の経済・社会の問題については、多くの意見が交わされており、誰もが同意する考えはほとんどありません。
例えば「日本ではなぜ少子化が進行しているのか」という問いについても、人によってさまざまな答えが返ってきます。ということは、これからお話しする回答も、必ずしも正しいとは限りまぜん。結局、最後は皆さんに自分で考えていただくしかないのです。
Oさん 私は、少子化のない社会が理想の社会だという考えから出発したのですが、この点について先生はどう考えますか。
小峰 誰もが「少子化は問題だ」と言っているので「少子化のない社会が良い社会だ」と思いがちですが、ほんとうにそうでしょうか。一人一人が自分の生きたいように生きることができれば、その結果として少子化が進んでもあまり問題はないと考えます。
私はまず「なぜ少子化を止めなければならないのか」を考えてほしいと思います。
Oさん 日本ではなぜ、少子化が止まらないのでしょうか。
小峰 世界の流れを見ると「国民の所得水準が上昇すると、子どもの数が減る」という傾向が見られます。例えば、近年の先進地域の出生率は平均1.56ですが、所得の低い後発開発途上地域の平均は5.13です。日本でも戦後、国民の所得水準が上がるにつれて出生率は低下してきました。
では、なぜ所得が上昇すると子どもの数が減るのでしょうか。重要なことは、所得水準が上がると、女性が子育てをするための「機会費用」が上昇することです。
「機会費用」というのは、「何かをすることで、別のことをする機会が失われる」ことを指します。所得水準が上がると、男女共同参画が進み、女性も男性と同じように高い所得を得るようになります。すると「仕事をやめて、子育てに専念すること」の機会費用が上昇するのです。
日本ではこれまで「終身雇用的な働き方」が中心でした。この場合、女性が出産育児のために仕事から離れてしまうと、再度仕事をする場合にはパートなどの非正規労働になり、賃金が大きく下がります。これは子育てに伴う女性の機会費用を大きくし、子どもを持ちにくい要因となります。
つまり、日本の伝統的な働き方が、男女共同参画社会に合っていないために出生率が低下しているのです。したがって、終身雇用的な慣行をなくし、保育施設の充実や男性の育児参加等によって、女性が希望通りに働きながら子育てができるような社会をつくっていくことが必要だと思います。

「少子化を止めなければならない」その理由を考えてみよう

Oさん 私は、日本人は子どもを産むハードルを高く考え過ぎている気がします。欧米では、未婚のカップルから子どもが生まれることが普通になっていますが、日本では結婚を前提として子どもを産む人がほとんどです。日本でも、この固定観念をなくし、子どもを産むことのハードルを下げたらどうでしょうか。
小峰 それについては、あまり賛成できません。確かに欧米では、結婚していないカップルから生まれた子どもの割合が、かなり高いことは事実です。だからと言って、日本も欧米のように結婚しなくても子どもを産めるようになれば、出生率が上がるかというと、疑問です。
その理由は第1に、欧米と日本では結婚についての考え方が異なっています。欧米では、結婚は神に対する誓いであり、かなり強力な契約関係だと考えられています。日本より「結婚のハードルが高い」のです。そこで、まずはカップルで暮らして、子どもができた後に結婚するという場合が多いようです。
第2に、日本で「結婚はしたくない(できない)が、子どもは欲しい」というカップルがそんなに多いのでしょうか。経済的に苦しいから結婚は無理だと考えているのだとすれば、子どもを育てるのも相当苦しいと思います。
第3に、生まれてきた子どもの幸せについてはどう考えるのでしょうか。
結婚というのはある意味で、カップルが簡単には解消しないことを強制する仕組みです。子どもにとって、そのほうが望ましいのではないでしょうか。
Oさん 少子化はどうしたら防げるのでしょうか。
小峰 世の中には結婚したいのに結婚できない人も、そもそも結婚したくない人もいます。また、結婚して、もっとたくさんの子どもが欲しいというカップルも、子どもはいらないというカップルもいます。私は、こうした個人の自由をまず尊重すべきだと思います。
では、日本人で結婚したい人はすべて結婚し、産みたいと思った子どもをすべて産んだとすると、出生率はどうなるでしょうか。これは「希望出生率」と呼ばれ、日本の政府の少子化対策でも、この1.8を目標としています。
この出生率を1.8程度にまで引き上げることを目標にすることは正しいと思います。しかし、これが実現したとしても、2.0よりは低いわけですから、人口は減り続けます。
出生率を希望出生率の1.8以上にするためには、個人の自由意思の結果以上に結婚を増やし、子どもを産まなければなりません。
私はそこまでして、人口減少を止める必要はないと思っています。ここまでくると、私の最初の問いかけである「なぜ少子化を止めなければならないのか」ということが改めて問われることになります。
この問いについて、Oさんをはじめ、皆さんもぜひ考えてみてください。

(『地域人』第85号掲載)

2023.02.15