人口が減ると経済は縮んでしまうのか

著者
大正大学地域構想研究所 教授
小峰 隆夫

多くの人は、人口が多いほど経済の規模も大きくなるはずだから、人口が減ると経済も縮んでしまうと考える。この考えは正しいだろうか。
人口規模が大きいほど、経済の規模も大きくなるのは当然のことである。経済の規模をGDP(国内総生産)で、国の豊かさを一人当たりGDPで測るとしよう。
GDPの総額は「一人当たりGDP」と「人口」の積である。すると、国が必ずしも豊かでなくても(一人当たりGDPが低くても)、人口規模が大きければGDPの総額も大きくなる。
実例で考えよう。2020年(令和2)の時点で、GDP規模が世界で最も大きいのはアメリカ(約20.9兆米ドル)、2位が中国(約14.7兆米ドル)、3位が日本(約5兆米ドル)、インドは7位(約2.8兆米ドル)である。
これを一人当たりGDPで見ると、アメリカは約6.3万米ドル(日本円で約856万8000円〈*〉)、日本は約4万米ドル(約544万円)に対して、中国は約1万米ドル(約136万円)で日本の4分の1、インドは約2000ドル(約27万2000円)で日本の20分の1である。
このように、一人当たりGDPの水準が低いのに、中国やインドのGDP規模が大きいのは、人口が多いからだ。人口は中国が約13.9億人、インドが約13.3億人で、日本(約1.3億人)の約10倍である。今後を考えると、インドの一人当たりGDPが日本の10分の1になったら、GDP規模は日本に並ぶのだから、いずれ日本は「世界第4位の"経済大国〟」になることは間違いない。

経済成長の鍵を握るのは資本蓄積とイノベーションだ

人口規模が大きいほど経済規模も大きいのであれば、人口が増えている国ほど経済成長率が高い。または、人口が減ると経済成長率はマイナスになると考えたくなるが、これは必ずしも正しくない。なぜなら、経済の変動には、技術進歩、世界貿易など多くの要因が影響しており、人口の変化はその多くの要因の一つに過ぎず、しかも、あまり影響力が大きくない要因なのである。
東京大学の吉川洋名誉教授は、『人口と日本経済』(中公新書)の中で、人口が減っても労働生産性が上昇すれば経済成長は可能だとし、「一国経済全体で労働生産性の上昇をもたらす最大の要因は、新しい設備や機械を投入する『資本蓄積』と、広い意味での『技術進歩』、すなわち『イノベーション』である」と述べている。
この主張を裏付けるため、同書では国内の人口とGDPの関係を示した図を掲げている。この図では、人口の動きに比べて圧倒的にGDPの伸びが高いという姿が印象的に描かれている。
ここでは、この吉川名誉教授の図を地域に置き換えてみたものを示そう(下を参照)。

図は、県の人口と県内総生産(実質)の変化を比較したものである。1975~2018年の間の平均で、県内総生産の伸びが最も高かった滋賀県と、県内総生産の伸びが最も低かった和歌山県のケースを示している。
滋賀県、和歌山県ともに、人口はほとんど増えていないが、県内総生産は伸びている。地域においても、人口の伸びと経済の成長はほとんど無関係であり、地域ごとの経済成長は、人口以外の要因によって決まっているのである。これは、経済成長が毎年マイナスから5~6%の率で変化しているのに対して、人口はせいぜい0.5%以下の変動幅だからだ。つまり、人口の増減は経済成長に影響をおよぼすが、その程度は僅かなもので、あまり考えても意味がないのだ。

人口減だからといって悲観的になる必要はない

人口の増減は、国全体としても地域としても、経済の成長とはあまり関係がない。にもかかわらず、「人口減少によって国内(または地域)経済が縮む」と考える人が多いのはなぜだろうか。これには、次のような錯覚が作用しているからではないかと考える。
第一は、「確実なものは、不確実なものより大きく見える」という錯覚だ。これまでどの地域でも、人口が減っても経済規模は拡大してきた。これは、「人口減少で縮む市場」よりも「それ以外の要因で増える市場」のほうが大きいことを示している。
このうち、人口減少で市場が縮小する分野は、現在、既に存在する分野なのだから見えやすい。少子化で子ども服の売り上げが減ったり、学校の入学者が減るといったことがそれである。
一方、経済の成長と共に、必ず増える分野が現れる。例えば、子どもが減るとペットを飼う人が増えるかもしれない。また、高齢者が増えるとクルージングで旅をする人が増えるかもしれない。こうした新たな需要は、いずれも現在は存在しない(または、経済に占めるウエートが小さい)ものである。
すると、減る需要は確実にわかるが、増える需要は不確実でよくわからない。このため、どうしても減る需要のほうが強調されてしまうのである。
第二は、量と質(付加価値)についての錯覚である。人口が減るということは「頭数」の問題だから、経済的には「量」の問題となる。しかし、経済的には、価格を考慮した「質」も重要である。
例えば、人口減少で学生の数が減ることは避けられないが、だからといって教育業界のマーケットが縮小するとは限らない。学生一人一人がより品質の高い教育サービスを受けるようになる可能性があるからだ。
人口減だからといって「需要が減る」と悲観的になる必要はない。従来の財・サービスの質を高め、新たな需要を開拓していくことが国全体にも、地域にも、求められているのである。

*1米ドル=136円で換算。

(『地域人』第84号掲載)

2023.01.16