著者
大正大学地域構想研究所 教授
小峰 隆夫
新型コロナウイルス感染症ショック後の厳しい人口の姿をたびたび取り上げてきたが、この事象にさらに新しい材料が加わった。出生率の低下である。
厳密には、「出生率」というのは、人口当たりの出生者数を示すのだが、通常は「合計特殊出生率」(女性が一生の間に産む平均的な子どもの数)を指すことが多い。人口当たりの出生数は、出産可能な女性がどの程度いるかによって変化するからだ。この欄でも、出生率と言っているのは合計特殊出生率のことである。
今年6月に発表された厚生労働省の人口動態統計月報年計(概数)によると、2021年の出生率は1.30となった(下図参照)。出生率の低下は6年連続であり、レベルとしては、最も低かった2005年(平成17)の1.26以来、過去4番目の低さだった。
日本は2966年10月に子どもが1人になってしまう!?
出生率を評価する一つの基準は、2.07という「人口の置換水準」である。
置換水準というのは、人口を一定にするような出生率のことである。簡単に言えば、1人の女性が生涯に平均2人の子どもを産めば(出生率が2)、そのうちの1人は女性と仮定し、その女性がまた2人の子どもを産む−という具合に続いていき、人口は一定になる。
ここで数字にうるさい人は「待てよ」と言って「では、置換水準が2.0ではなく、2.07となっているのはなぜなのか」と問うかもしれない。
置換水準が2をやや上回っているのには二つの理由がある。
一つは、生まれてくる子どもの男女比は、男の子がやや多いことであり、もう一つは、出産年齢になる前に亡くなってしまう女性がいるためだ。したがってこの置換水準がどの程度になるかは、国によって、また時代によって異なる。
衛生状態が悪く、医療水準が低いと、若年女性の死亡率が高くなるので、置換水準は2を上回る度合いが大きくなるのである。
さて、日本の出生率が置換水準を大きく下回っているということは、日本の人口が減り続けるということであり、さらに言えば、いつかは日本人がいなくなってしまうということである。
最近米国の電気自動車会社「テスラ」の創業者、イーロン・マスク氏が「当たり前のことを言うようだが、出生率が死亡率を上回るような変化がない限り、日本はいずれ存在しなくなるだろう」と述べて話題になった。
東北大学経済学研究科の吉田浩氏の研究室では、リアルタイムで少子化の状況がわかる「子ども人口時計」を公表している。
これによると、現在(2022年6月)日本の子どもの数は約1460万人だが、2966年10月には子どもが1人になってしまうのだという。
あまり考えたくないことではあるが、こうした指摘は正しい。しかし、筆者はあまり真剣に考える意味はないとも思っている。まだ900年以上先の話であり、それまでに日本や世界で何が起きるのかは全くわからないからだ。
戦争があるかもしれないし、とんでもない技術革新が起こるだろうし、人々の価値観も変わるだろう。その中で、人口のことだけを心配しても意味があるとは思えない。
少子化対策成功の有無にかかわらず日本の人口は減り続けることに
今回の出生率の低下を受けて、私たちがまず真剣に考えなければならないのは、今後数十年のことではないか。ここで重要になるのが「人口減少のモメンタム」ということだ。
多くの人は、出生率が人口の増減を左右すると考えがちだ。非常に長い期間を考えればそれは正しい。しかし、これを数十年程度の期間で考えると必ずしもそうはならない。
人口の増減に影響するのは、出生率ではなく死亡数と比較した出生数である。その出生数は、出産可能な女性の数と出生率によって決まる。すると、出生率が変化しても、それが出生数に影響するまでには、タイムラグが生ずる。これがモメンタムである。
例えば、日本の出生率が安定的に2を下回るようになったのは1975年(昭和50)以降なのだが、出生数が死亡数を下回り、人口の自然減が生ずるようになったのは2005年からである。
30年ものタイムラグがあるのだ。これは、人口が増えているときに生まれた女性が次々に出産可能年齢に達していくので、出生率が2を下回った後も、出産可能な女性の人数が増え、出生数が高水準を保つからである。
では現在はどうなっているのか。
出生数が減り始めてかなりの時間が経過しているので、既に出産可能な女性の数は減り続けている。これに出生率の低下が加わるから出生数は大幅に減少する。これが現在の姿である。
すると、仮に少子化対策が効果を現して、出生率が上昇したとしても、今度は「人口減少の負のモメンタム」が作用するから、しばらくの間は、出生数は増えず、人口は減り続けることになる。要するに、少子化対策が成功してもしなくても、今後数十年間は間違いなく人口が減り続けるということである。
もちろん、少子化対策を強化していくことは将来のために必要なことである。同時に、「人口減少と共存する社会」を考えていくことも重要となる。つまり、「人口減少をストップさせることによって問題を解決する」のではなく「人口が減っても人々の生活満足度が低下しないようにする」ことが重要となるのである。
(『地域人』第83号掲載)