コロナショックによる人口の傷跡

著者
大正大学地域構想研究所教授
小峰 隆夫

厚生労働省から2022年(令和4)2月末に「2020年人口動態統計」が公表された。
新型コロナウイルス感染症によるショック(コロナショック)が起きてから、2年以上が経過しているが、最初の1年間の人口面での動きがようやく明らかになった。その内容はなかなか衝撃的である。

次第に判明してきた2020年の出生動向

まず、予想されていたことだが、出生数が減った。2020年の出生数は84.1万人で、前年より2.4万人減った。新聞などでは「1899年(明治32)の調査開始以来最少である」として、大きく取り上げられた。
次に、合計特殊出生率(女性が一生の間に産む平均子ども数、以下、出生率)は、2019年の1.36から1.33に低下した。2021年には、出生数も出生率もさらに低くなる可能性が高い。この出生数の減少と、出生率の低下をどう評価したらいいだろうか。ここでは、2017年(平成29)に国立社会保障・人口問題研究所が公表した、「日本の将来推計人口」で示した姿と比較してみよう。
将来推計人口では、出生率・死亡率がそれぞれ高位・中位・低位のケースが示されている。政府をはじめとして多くの場合、「出生・死亡中位」を使うことが多い。
下記の表は、2015年から2020年についての出生数、合計特殊出生率の実績と将来推計人口の高位・中位・低位の姿を比較したものだ。

これを見ると、出生数は2016年頃までは実績と中位との差はそれほどでもなかったが、2017年には中位を下回るようになり、2020年はその差がさらに拡大している。
合計特殊出生率も同様で、「中位からかい離してきた」というよりも、むしろ「低位に近づいてきた」と見たほうがいいかもしれない。
近年の人口変化は、これまで標準的な展望として使われてきた姿を下回るようになってきたのである。このようにコロナショックを経て、日本の人口の将来展望はこれまで以上に厳しいものになってきている。これは政策的にも、大きな見直しを迫られることになるだろう。
政策の見直しは、二つに大別される。一つは、人口に関連する諸施策の前提を見直すことであり、もう一つは、人口政策そのものを見直すというものだ。
まず、前者の人口に関連する諸施策について考えてみたい。前述の「将来推計人口」の中位推計は、多方面の政策の前提条件として使われている。
例えば、政府の経済財政諮問会議では、半年ごとに財政の中期的な試算結果を公表している。これを計算するためには、GDP(国内総生産)の展望が不可欠である。
なぜなら、GDPの変化が税収に影響し、累積債務のGDP比などの指標を計算するためにも、GDPが必要になるからだ。 
このGDPの将来展望は、資本、労働力、全要素生産性(技術)という、三つの生産要素の推移を元に計算される。このうちの労働力の変化の前提として、前述の中位推計が使われている。
したがって今後、人口の伸びが中位推計を下回る状態が続くと、やがてはGDP成長率の展望も下方修正が必要となる(ただし、実際の成長率に影響するのは、かなり先になる)。
また、人口の将来展望は社会保障政策にも影響する。例えば、年金については5年ごとに、年金財政の見通しが点検されているが、その際にも、人口の中位推計に基づいた成長の姿が使われている。そして、医療や介護の将来展望を行う際にも、人口推計が使われることが多い。

人口減少下でも豊かな生活ができる社会を目指す

人口政策そのものに関しては、政府が掲げている「人口減少を1億人程度でストップさせる」という、「人口1億人目標」がますます非現実的なものとなっている。
2021年の日本の人口は、約1億2500万人(2021年10月1日現在)なので、1億人までの減少にはまだ余裕があるように見える。
だが、今回取り上げた人口動態統計によると、2020年の出生数は84.1万人、死亡数は137.3万人なので、両者の差である自然減は53.2万人となる。仮にこのペースが続いたとしても、人口が1億人にまで減るには、40~50年かかる。
その間に少子化対策を充実させていけば、人口減少を1億人程度でストップさせることは可能なように見える。しかし、そうはいかないのだ。
次に人口1億人目標を、出生率の観点から見直してみよう。どの水準であれ、人口減少をストップさせるためには、出生率を人口置き換え水準である2.07程度まで引き上げなければならない。この2.07を実現する時期が遅れるほど、ストップさせる人口の水準は下がっていく。
海外との間で、大きな人口移動の変化がないとすると、2030~2040年頃までに2.07を実現しないと、安定化する人口は1億人以下となる。つまり、人口1億人にするには、同時期に合計特殊出生率も2.07にするという目標を掲げたことになる。
そこで政府は、出生率について2020年に1.6程度、2030年に1.8程度、2040年に2.07という想定を示している(「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」2014年〈平成26〉12月閣議決定)。
ところが前述のように、2020年の出生率は、この想定を大きく下回る1.33だった。人口1億人という目標がいかに楽観的で、実現不可能であるかがわかるだろう。
われわれは、人口減少をストップさせることではなく、人口減少下でも人々が豊かに生活できるような社会を目指すべきなのである。

(『地域人』第80号掲載)

2022.09.15