フューチャーデザインの実践

著者
大正大学地域構想研究所教授
小峰隆夫

本連載では、第68回「サステナビリティとフューチャーデザイン」でフューチャーデザイン(以下、FD)の考え方を簡単に紹介したことがある。今回はその実践例について紹介しよう。

仮想将来世代の意思を反映するフューチャーデザインの発想

大正大学の地域構想研究所では、私が塾長となって「地域戦略人材塾」を開き、地方公共団体の職員の方々に、地域創生に役立ちそうな新しいアイデアを紹介している。この塾で、 2021年10月に、FDの提唱者である高知工科大学の西條辰義先生とその実践経験者である岩手県矢巾町職員の高橋雅明さんにご登壇いただいた。このお二人の話を元に、FDの考え方を地域創生にどう生かせるかを考えてみよう。

復習しておくと、FDというのは、討議の参加者の一部を仮想将来世代の代理人として指定し、その参加者は将来世代になったつもりで議論に参加してもらうという手法である。例えば、40年後の経済社会にまで影響するような政策を議論する時、原理的に難しいのは、40年後に実際にその政策の影響を受ける人の意思が反映されないということである。FDは、仮想将来世代を導入することによってこの原理的困難に対応しようという試みである。FDは、既に多くの実践例が積み重ねられつつあり、政策立案への市民参加の新たな形態を提供し始めている。以下その代表例として、岩手県矢巾町のケースを紹介しよう。

バックキャスティングを取り入れたフューチャーデザイン実践例

岩手県のほぼ中央に位置する矢巾町は、盛岡市に隣接する、人口約2万7000人の小さな町である。この矢巾町におけるFDの始まりは、2012年の水道事業の見直しであった。矢巾町の水道は、当時、創設から50年以上が経過しており、老朽化が進行していた。これに対応するには、水道管の更新が必要であり、そのためには水道料金を値上げせざるを得ない状況だった。しかし、町民にそれを理解してもらうのは難しかった。値上げして更新工事を行っても、それまでの水道サービスが維持されるだけであり、特に住民サービスが向上するわけではないからだ。

そこで市民の代表による議論の場としてのワークショップを開き、その際に将来世代の利益代弁者として仮想将来世代グループと現世代グループを置いて討論してもらった。すると、現世代グループでは、現状の課題や満たされていないニーズを中心に課題解決策が提示されたのに対して、仮想将来世代グループでは、将来の視点から現在を考えるという思考法が見られたという。なお、この将来から現在を見るという手法は、バックキャスティングと呼ばれている。現在から将来を見るフォアキャスティングの逆という意味である。

こうしてワークショップの議論を重ねた結果、水道料金を引き上げるという提案が賛同を得ることになった。現在の視点から見ると、当面の水道サービスに直ちに不具合が生じるわけではないから、水道料金の引き上げは単なる負担に感じられる。しかし、将来世代の視点に立ってみると、水道管の更新が行われなかったことにより、水道サービスの質が低下するという不都合な真実がまず現れるから、それを防ぐためにはさかのぼって現代において値上げしておくべきだということになるのであろう。

高橋さんの経験談の中で特筆すべきなのは、参加者の反応だ。市民からの参加者は「新鮮な経験ができた」「楽しくやりがいがあった」という感想が寄せられたという。行動経済学では、人々は損得勘定だけで動くのではなく、他人の役に立ちたいという動機も強いとされている。おそらく仮想将来人になった人は、自分の力が将来の人の役に立ったという実感を持ち、やりがいを感じたのであろう。
なお、FDは、行政サイドの職員からも好評だったという。市民との対話と言っても、その現実はクレームや身勝手な要求が多く、つらいという面があったが、FDの場合は、参加者の議論が建設的で、行政職員にとっても勉強になったという感想が寄せられたという。

「2060年頃に暮らす住民」の提言を総合計画の策定に生かす

矢巾町ではその後もいくつかの分野でFDを使った住民参加型のワークショップを行い、2018年には高橋昌造町長が「フューチャーデザインタウン」を宣言し、19年には行政組織内にFDを所管する未来戦略室を設置するまでになった。
そして、町の最上位の計画である「第7次矢巾町総合計画後期基本計画」(計画期間2020~2024年度)についてもFDの手法を大幅に取り入れるに至った。おそらく自治体の総合計画の策定にFDの手法を取り入れたのはこれが初めてではないか。

この時のFDの具体的な進め方については、高橋雅明さんが「フューチャーデザインを活用した矢巾町総合計画の策定」(『学術の動向』2021年12月)という論文にまとめているので、これを元にその概要を紹介してみよう。
同町ではまず、役場内の若手有志にも協力を呼びかけ、総勢約20人の特設チームを編成した。町のホームページなどで参加者を募集し25人の応募があった。これら参加者には、2060年頃に暮らす未来の住民になってもらい、約40年前の過去に当たる現代に向けた提言をしてもらうこととした。

討議は4~5人の6班に分けて行われ、6回のワークショップの後、まずそれぞれのグループが提言を行い、それを相互に調整して、最終的な提言がまとめられた。
高橋さんの話では、こうしてまとめられた66件の政策提言のうち55件が最終的に総合計画に採用されたという。
以上のように、FDの考え方は各方面で実用化されつつある。関心を持った自治体があればぜひ活用してほしいと思う。

(『地域人』第79号掲載)

2022.08.01