ワクチンの接種をいかに円滑に進めるか

著者
大正大学地域構想研究所教授
小峰隆夫

(2021年9月「地域人」第73号掲載)

大正大学の地域構想研究所では、4月から、私が塾長を務める「地域戦略人材塾」が始まった。地方公共団体の職員の方々に、最新の経済社会の流れを知り、地域創生策のオプションを増やしてもらうのが狙いだ。7月には、私が講師役となって、新型コロナ感染症について議論したのだが、その中でワクチン接種が議論になった。

ワクチン接種への期待は高まるが接種率は頭打ちも予想される

コロナ危機下における難問は、感染の防止と経済活動の拡大とのバランスをどうするかである。感染防止のために経済活動が制約されることはやむを得ないが、その経済活動の停滞が長引くと多くの人が所得の減少、事業の行き詰まりなどの打撃を受ける。このジレンマを解決するものとして期待されているのがワクチンの接種だ。ワクチンによって感染が防止されるようになれば、安心して経済活動を再開することができる。

日本のワクチン接種は、スタートは遅れたが、スタートしてからはかなりのスピードで接種が進んでいる。この原稿を書いている時点(8月4日)では、少なくとも1回の接種を受けた人の割合は、日本人全体の45.2%、高齢者では87.1%に達している。菅義偉首相は、8月3日、8月下旬には全ての国民の6割を超える人が1回目の接種を終え、2回接種も4割に引き上げるという新たな目標を掲げている。

こうしたワクチン接種の進展を受けて、経済の専門家の将来見通しはどんどん改善している。21年4-6月以降は、緩やかな回復が続くと考えられており、GDP(国内総生産、実質)がコロナ危機前の水準(2019年末)に戻るのは、21年1 0-12月頃と見込まれている。昨年の今頃は、その時期は23年以降になると見込まれていたのだからかなりの改善である。こうして比較的経済の先行きに明るい展望が開けているのも、ワクチンの接種が順調だからだ。

しかし、今後、ワクチン接種が高齢者から若年層へと移っていくと、接種率は頭打ちになることが予想される。

国立精神・神経医療研究センターでは、6月に、ワクチンを打ちたくない人(ワクチン忌避者)の割合とその要因を調べるため大規模なインターネット調査を行っている。その結果によると、ワクチン忌避者の割合は全体の11.3%だったが、性別・年齢による差が大きい。すなわち、男性より女性の方が、また、高齢層より年齢が若い層の方が忌避者の割合が高いという結果が出ている。図に見るように、忌避者の割合は、最も低い男性の高齢層が4.8%、最も高い女性の15-39歳層が15.6%である。

 

忌避の理由として、「副反応が心配だから」(73.9%)が圧倒的に多く、以下、「あまり効果があると思わないから」(19.4%)、「ワクチンを打ちに行く時間がないから」(8.8%)、「自分は感染しないと思うから」(7.7%)、「自分は重症化しないと思うから」(7.5%)などの理由が挙げられている。

若い年齢層ほど忌避者が多くなる理由としては、私は、コストとベネフィットという観点から、次の二つではないかと考えている。一つは、高齢者ほど重症化リスクが高いと言われてきたことだ。もう1つは、副反応で、短期的な副反応はあったとしても一時的なもので心配はないとされているが、とにかく人類史上初めてのワクチンを接種しているわけだから、10年、20年先にどんな影響があるのかは分からないというのが実情だ。すると、今後、生きる期間が長い若年層ほど、長期的な副反応のリスクを恐れるだろう。

ワクチン接種促進のため注目される「マーケットデザイン」の知見

ワクチン接種を円滑に進めるに当たっては2つの課題がある。1つは、できるだけ円滑に接種を進めることであり、そのためには接種に当たる自治体が、接種対象者である住民との情報の流れを円滑化し、予約から接種までのプロセスをできるだけスムーズに進めていく必要がある。

この予約については、経済学のマーケットデザインという分野の知見を応用できる。社会には「人と人」や「人とモノ」をいかに結び付けるかという「マッチング問題」が多く存在するのだが、その場合に、どうすれば公平に、できるだけ多くの人の希望をかなえることができるかという制度設計を考えるのが、マーケットデザインである。

この分野の経済専門家たちは、このマーケットデザインの考え方をワクチン接種の予約システムに応用して、当初において多くの自治体が採用した「先着順」は、アクセスの殺到で不要な努力やシステムへの過度の負担が発生するとし、それに代わって「抽選制」「完全年齢順」「自治体側が個人ごとに接種日を指定する割当制」などの方が有効であると提案している。

もう1つの課題は、前述のように、年齢が若い層へのワクチン接種をいかに促進するかである。これについては、接種者に何らかのインセンティブを付与することが考えられる。例えば、大阪大学の大竹文雄氏を中心とするグループは、現在停止中の「GoToキャンペーン」が再開された時に、その利用条件として、ワクチンの接種を義務付けるという提案をしている。GoToキャンペーンの予算は既に確保されているのだから、これによる追加的な財政負担は発生しない。なお、前述の国立精神・神経医療研究センターの調査では、「一人暮らし」「年間100万円未満の低所得者」「中学、短大/専門学校卒業」「政府ないしコロナ政策への不信感がある人」「重度の気分の落ち込みがある人」でワクチン忌避の割合が高いという結果が出ている。これから忌避者へのワクチン接種の促進が現実の課題となってきた場合には、こうした忌避しやすい人々のグループに的を絞った働きかけが必要になってくるかもしれない。

2022.01.17