著者
大正大学地域構想研究所教授
小峰隆夫
コロナ危機は経済社会に大きな影響を及ぼしつつあるが、この影響には2種類ある。一つは、一時的な影響であり、コロナ感染症が収束すれば、それとともに消えてしまう影響だ。感染症を防ぐために外出や対面サービスが抑制されているが、コロナさえ収まれば、外食サービスも観光需要も次第に元に戻るだろう。コロナ収束後には、それまで抑制されてたまっていた需要(これはペントアップ需要:pent-up demandと呼ばれる)が一気に顕在化するので、消費活動は大幅に増える可能性がある。
もう一つは、コロナによる影響が、コロナ収束後も持続してしまうものだ。コロナによって負った傷が残り続けてしまうわけだ。その典型は財政赤字だ。コロナ危機で国、地方の財政支出は拡大し、財政赤字が急増しているが、これは放置しておくとコロナ後も残り続けることになる。
このように後々まで残り続ける可能性がある影響の中で、私が恐れているのが出生数の低下である。コロナ下で出生数が減少しているのだが、これがコロナ収束後も続くようなことになると、日本の人口問題はさらに厳しいものとなってしまう。
近年の人口動態から見えるほぼ絶望的な人口維持の条件
下の表は、近年の出生児数、死亡者数、婚姻数、総人口の状況を見たものだ。
まず、出生児数(以下、出生数)と死亡者数を見てみよう。近年、出生数は減少し、死亡者数は増加を続けている(直近では死亡者数が減っているが、これについては後述する)。出生数の減少は、いわゆる少子化の動きである。死亡者が増えているのは、高齢化の進展によって人口構成上、死亡リスクの高い高齢者の割合が高まっているからである。この出生数と死亡者数の差が「自然増減」であり、人口減少につながっている。ここで出生数と死亡者数のレベルの違いに着目しよう。例えば、2019年の場合、出生数は約90万人、死亡者数は約138万人であり、死亡者の方が約1.5倍も多い。すると、出生数がかなり増えても、人口が減り続けるということが起きる。計算してみよう。仮に死亡者数が1%増えたとすると、増分は約1.4万人である。この時、出生数が1.4万人以上であれば人口は減らない。しかし、そのためには出生数は1.5%以上増える必要がある。つまり、絶対数で倍の差があると、出生数は、死亡者数の変化の1.5倍変化しないと死亡者数の変化をカバーできないのである。現実は、少子化で出生数は増えるどころか、減り続けているのだから、人口が減らないようにするのはほとんど絶望的だということになる。
なお、驚くべきは2020年の死亡者数が減少したことである。その内訳を見ると、特に呼吸器系と循環器系の疾患による死亡数の減少が目立っており、なかでも肺炎による死者は約1万4000人も減っている。これは、コロナ対策として人々がこまめな消毒を行い、マスクを着用し、外出を控えたことによるものと考えられている。
コロナ対策には大きな副次的効果があったということが分かる。
2021年の出生数減少が懸念収束後に「補償的増加」は起こるか
では、コロナ危機下の人口動態はどう変化しているだろうか。判明している2020年の出生数は、約87万人で、新聞などでは「過去最低」などと騒がれているが、もともと少子化で出生数は減り続けているので、過去最低であっても驚くようなことではない。仮にコロナ危機がなくても過去最低となったはずだ。
多くの人が標準的な人口推計として参照している、国立社会保障・人口問題研究所の将来推計(2018年、出生、死亡中位)でも、2022年の出生数が約87万人だから、従来推計より少子化のテンポが2年速まった程度である。
ただ、2021年の出生数は大きく減少しそうである。その根拠として、次のような点が指摘されている。
まず、婚姻数が減少している。表に掲げたように、2020年の婚姻数は13.3%も減少した。日本の場合は、婚外子の割合は非常に低く、結婚して子供を産む(または子供ができたら結婚する)ケースがほとんどであることを考えると、結婚件数の減少は将来の出生者数の減少を予告していることになる。コロナ下で満足すべき結婚式ができなかったことから、結婚そのものを先延ばししたのであれば、コロナ収束後に婚姻件数は回復するはずだ。しかし、コロナによる将来不安の高まりなどによって、人生設計そのものが変化したのであれば、長期的な影響として残り続ける可能性がある。ただし、19年は令和の最初の年だったことから、ややブーム的に婚姻件数が増加しているので、20年にはその反動が表れたという面もありそうだ。
妊娠届の件数もコロナ危機後減少が目立つ。厚生労働省「妊娠届数の推移」によると、2020年1~7月の累計妊娠届出数は、前年比5.1%の減少となっている。
こうした情勢を受けて、2021年の出生数は80万人を割り込むという指摘も出ているようだ。そうなると事態は深刻だ。前述の国立社会保障・人口問題研究所の推計では、出生数が80万人を割り込むのは2033年と見込まれていたから、これを10年以上先取りすることになる。
さて問題は、こうしたコロナ下の出生数の減少が、コロナ収束後も続くのかどうかだ。歴史的には、何らかの厄災によって人口減少が起きた時、その厄災が終わった後には出生数が急増するという現象がみられている。例えば、第2次大戦後には大規模なベビーブームが発生した(筆者もそのベビーブーマーの一人)。これは「補償的増加」と呼ばれる。コロナ収束後にこうした補償的増加がどの程度生じるのかが大いに注目される。