コロナ危機と経済の外部性

著者
大正大学地域構想研究所教授
小峰 隆夫

2月24日に衆議院予算委員会の公聴会があり、私も公述人として出席し、コロナ危機下の日本経済について意見を述べた。私がこの時使用した資料の全文は、私自身が「note」で公開したので、関心のある向きはそちらを見てほしい。(注1)

(注1)資料の全文を掲載したnote「2月24日の衆院予算委員会公聴会における発言参考資料」はコチラ

この時、私は経済の「外部性」という概念を持ち出して、コロナへの対応を論じた。今回は、この外部性について説明し、それを応用してコロナ危機への対応を考えてみたい。

取引の関係者以外にも影響が及ぶ経済の「外部性」とは何か

左ページの図を見てほしい。経済においては、経済主体と経済主体とが市場を通じて取引を行う。通常は、この取引に関係しない人には何の影響もない。ところが、関係のない人に影響が及ぶ場合がある。これが外部性と呼ばれる現象である。

この外部性には、プラスの影響が及ぶ「外部経済」と、マイナスの影響が及ぶ「外部不経済」がある。例えば、ある家庭が花屋さんで球根を買って、垣根沿いにきれいな花を咲かせたとする。当の家庭にプラスであることはもちろんだが、道を通る人も花を見てうれしいと感じる。花の取引に関係のない人にまでプラス効果が及んだわけだ。これが外部経済である。

逆の場合を考えよう。自動車の部品を作る工場と自動車メーカーが取引をしているとする。この部品メーカーは、製造過程で騒音を発生させるとする。今度は、取引と関係のない人にマイナス効果が及ぶことになる。これが外部不経済である。

こうして経済の外部性が存在する時、自由な取引に任せていると、外部経済の供給は過少に、外部不経済の供給は過大になる。取引の当事者は、自分たちにとってのプラス・マイナスだけを考慮して取引を行うからである。

経済学は、これに対する処方箋を示している。外部経済に対しては、外部経済を生む財の生産者(花屋さん)に補助金を支給するか、その財の税率を低くして購入者(花を買った家庭)の負担を軽くすればよい。一方、外部不経済に対しては、財の生産を減らした生産者(部品工場)に報奨金を払うか、その財に課税して、より高いコストを払わなければその財を購入できないようにすればよい。

Go Toキャンペーンと外部不経済教科書的対応では「課税」が必要となる

ここまでが、外部性についての教科書的な説明である。この考え方を今回のコロナ危機に応用してみよう。

まずは、外部不経済についてである。コロナ感染症が広がっている状況下では、外食や旅行などの対面型サービスの取引は、感染症を広げやすくするから、取引に関係した人以外に不利益が及ぶ。これは外部不経済である。

この外部不経済に教科書的に対応すると、サービスの提供を減らした事業者(外食産業や旅行業者)に補助金を支給するか、サービスへの需要を減らすために、外食や旅行に課税することになる。現在、営業時間の短縮に協力した外食産業には協力金が支払われているが、これはサービス提供を減らしたことへの補助金だと解釈できる。

ところがGo Toキャンペーンは、外部不経済を発生させている事業者に補助金を与えていることになり、教科書的な対応とは全く逆の政策となる。支持する人はほとんどいないだろうが、理論的には、Go Toキャンペーンとは反対に旅行や外食に課税し、その税収を財源として関連業者を救済するという政策が導かれる。

ワクチン接種と外部経済ナッジを活用し接種の呼びかけを

次に、外部経済を考える。2021年3月から開始されたワクチンの接種は、典型的な外部経済である。ワクチンの接種は、本人の健康を守るだけではなく、周りの人々への感染を防ぐことによって、接種した本人以外の人の健康をも守ることになるからだ。有名な経済学の入門書であるダロン・アセモグル他『ALLミクロ経済学』では、外部経済の例としてインフルエンザの予防接種を挙げており、「1回の予防接種によって1・5件のインフルエンザ感染を防ぐ外部効果がある」という研究結果を紹介している。(注2)

(注2)ダロン・アセモグル、 デヴィッド・レイブソン、ジョン・リスト『ALLミクロ経済学』(東洋経済新報社、2020年)323ページ

 

これが外部経済だとすると、理論的には、ワクチンの接種は過少になる。自分のことだけを考え、副作用を懸念して接種を受けない人がいるからだ。これに対しては、接種を受けた人に報奨金を払うなり、受けない人に罰金を課すなりすればよいということになるのだが、実行は難しそうだ。

そこで本連載でも取り上げたことのある行動経済学の手法、ナッジを活用することが考えられる。人々への呼びかけ方を工夫することによって、接種を増やすのである。これについては、大竹文雄氏らの分析がある(注3)。これによると、同年代の接種者が増えると本人の接種意向も高まる傾向があることから、「多くの人がワクチンを接種すると回答している」という情報を伝えるのが有効ではないかという提案がなされている。

(注3)佐々木周作、斎藤智也、大竹文雄「ワクチン接種意向の状況依存性」(経済産業研究所ディスカッションペーパー21 -J-007、2021年2月)

「地域人」第68号(2021年4月10日発売)掲載

2021.07.01