コロナ危機下の雇用情勢

著者
大正大学地域構想研究所教授
小峰隆夫

コロナ危機下で日本の経済・地域は大きな打撃を受けているが、その中で最も多くの人が懸念しているのは雇用への影響であろう。私も、経済がどんなに落ち込んでも、「雇用さえ守られていれば」という気になる。 コロナ危機下での日本の雇用を概観してみよう。

コロナ危機の雇用への影響の評価 全国で有効求人倍率が急低下した

雇用情勢の変化を示す代表的な指標は「完全失業率」である。これは、仕事をする意欲のある人(労働力人口)のうち、仕事が得られず失業状態にある人(完全失業者)の割合を見たものである。

日本の完全失業率(以下、数値は季節調整値)は、コロナ危機前の2019年12月には2.2%だったのが2020年8月には3.0%に上昇し、完全失業者数も152万人から205万人へと53万人も増えている。雇用情勢が悪化していることは間違いない。しかし、他の先進諸国の状況を見ると、アメリカが8.4%(8月)、ユーロ圏が7.9%(7月)となっており、日本よりずっと高い。

ただし、もともと日本の企業は、景気が悪くなったからといって従業員を解雇しない傾向があるから、失業率の変動そのものが他の国に比べて小さいという事情がある。そこで、日本については、もっと雇用情勢を敏感に示す指標として「有効求人倍率」を見ることが多い。これは、ハローワークにおける求人数と求職者数の比率を見たものである。分母が求職者数だから、この数値が1を上回っていると、「仕事を探している人よりも就職口の方が多い」という状態を示していることになる。

下の図は、地域別の有効求人倍率を2019年12月と2020年8月で比較したものだ。これを見ると次のようなことが分かる。

①2019年12月の求人倍率は1.57であり、「働く場所を求めている人2人に対して、働き口が3つある」という状態だった。大変な人手不足だったわけだ。

②2019年12月には、全地域で求人倍率が1を上回っている。なお、都道府県別に見ても全部1以上である。人手不足の波は全国に及んでいたことが分かる。

③2019年12月と2020年8月を比較すると、全国平均の求人倍率は1.57から1.04に低下している。コロナショックの中で、雇用情勢がかなり悪化してきたことを示している。

④2020年8月の倍率を地域別に見ると、雇用情勢悪化の度合いには差があり、北海道と南関東と近畿地域は1を下回っている。南関東というのは、東京都、千葉県、埼玉県、神奈川県からなる首都圏のことなのだが、この地域が全国で最も求人倍率が低いというのはやや意外である。コロナショックの雇用面への影響は首都圏にかなり強く表れていることになる。

休業者の増加が目立つ企業による「雇用保蔵」の動き

コロナ危機後の雇用調整の動きをもう少し細かく観察するため、全体を「就業者(働いている人)」「休業者(就業者ではあるが仕事を休んでいる人)」「失業者(働く意欲はあるが仕事がない人)」「非労働力人口(働くつもりのない人)」に分けてその変化を見てみよう。有効求人倍率の推移から、コロナ危機が雇用に最も大きく影響したのは、2020年の4月だったことが分かる。

4月には、就業者は前月に比べて107万人減り、失業者は6万人増えた。確かに雇用情勢は悪化しているのだが、それほど驚くような悪化ではない。ところが、別のところで大きな変化が起きていたのだ。

一つは、休業者の増加だ。4月には実に休業者が452万人も増えた。こうした行動は日本ではかねてよく見られることで、「雇用保蔵」と呼ばれる現象である。長期雇用を前提として従業員を抱えている企業は、景気が悪くなったからと言って簡単に解雇するわけにはいかない。また、コロナ危機前には大変な人手不足状態だったわけだから、コロナ危機が収まれば再び人手不足の時代が来るだろうと考えたのであろう。

もう一つは、非労働力人口の増加だ。4月には、非労働力人口が94万人も増えている。これは前述の就業者の減少107万人という数字に近い。おそらく企業が、パート、アルバイトなどの非正規雇用を減らし(就業者の減少)、これら非正規の人達は、新たな仕事を探すのをあきらめて家庭内に戻ってしまった(非労働力人口の増加)のだと考えられる。

幸いにして4月以降は、就業者が増え(4月から7月にかけて23万人増)、休業者が減り(同445万人減)、非労働力人口が減る(同48万人減)というそれまでとは逆の動きが続き、雇用情勢は元に戻りつつある。

新型コロナ感染症を抑え込み、このペースで雇用情勢が正常化の方向に向かってくれることを望みたい。

「地域人」第63号(2020年11月10日発売)掲載

2020.12.15