寺院から考える地域包括ケアシステム

著者
地域構想研究所 助教
髙瀨 顕功

寺院をアクターにした研究枠組み

超高齢社会を迎えるにあたって地域包括ケアシステムの構築が喫緊の課題となっています。BSR推進センターでは、この潮流を仏教者の視点からとらえ、すでに研究に取り組んでまいりました。〈小川有閑 高齢者ケアに僧侶はどう関われるか?

昨年度、地域構想研究所共同研究助成を受け、「地方都市における寺院を活用した福祉事業の特性」をテーマに取り組むことになりました。研究グループは、私たちBSR推進センターの小川、高瀬両名に加え、東京都健康長寿医療センターの新名正弥(社会福祉政策)、宇良千秋(心理学)、岡村毅(精神医療)からなる学際的なメンバーで構成されています。

地域包括ケアシステムの構築にあたっては、その担い手をいかに発掘し、育成するかが成否の鍵を握ってると考えられますが、少子高齢化、過疎化、若年人口の転出が著しい地方都市においては、厳しい問題となっています。この課題への対応として、私たちが着目するのは、寺院や神社、教会などの宗教組織です。

たとえば、欧米では、教会などの宗教組織がソーシャルサービスの担い手として古くから認識されています。そして、宗教組織だけでなく、信仰に基づき様々な社会活動を行う団体も組織されていきました。これらは総称してFBO(Faith-Based Organization)と呼ばれ、地域課題に取り組む担い手として近年注目を集めています。しかし、日本では、宗教に対するネガティブなイメージや政教分離の原則などから、いまだ地域課題解決の主要なアクターとしては認識されていないのが現状です。

そこで本研究では、高齢化率が30%を超える富山県をフィールドに、寺院が行う福祉事業を分析することで、地域福祉資源としての寺院の役割を抽出することを目指しています。

富山型デイサービスとは

富山県では、「富山型デイサービス」と呼ばれる、対象者を限定しない通所型介護施設が展開されています。これは年齢や障害の有無にかかわらず、誰もが一緒に身近な地域でデイサービスを受けられる施設のことで、1993年、惣万佳代子さん、西村和美さんら看護師によって立ち上げられた民間デイサービス事業所「このゆびとーまれ」に端を発します。小規模、多機能、地域密着をキーワードに、既存の縦割り福祉にはない柔軟なサービスの形として展開されました。この動きは、福祉行政も動かし、富山県では1998年に柔軟な補助金制度を創設され、国も規制緩和を進めたことで、現在、富山県内に121カ所、全国に1500カ所と事業所は増えています。

しかも、真宗王国として名高い同県では、寺院が宗教法人のまま、富山型デイサービスに参入した事例が複数あります。本研究では、フィールドワークを通じ、福祉事業に参入した寺院の特徴を描き出し、福祉資源としての寺院の可能性を明らかにしたいと考えています。

専正寺デイサービスまごころ

富山県魚津市にある専正寺では、2004年より富山型デイサービスに参入しました。

お寺で福祉事業と聞くと、規模が大きく余裕のある寺院の事業と思うかもしれません。ところが、この専正寺は小さなお寺、民家と見まがうばかりの外観です。逆に言えば、寺院の規模に関係なく富山型デイサービスは提供できるということです。

専正寺の外観

 
もともと、大学職員だった住職が、大学の閉校とともにあらたな活動場所を探していた時に出会ったのが富山型デイサービスを立ち上げた惣万さんでした。講演会で惣万の話を聞き「うちでもやりたい」という思いから、事業所の開設へ。大学職員として書類仕事はお手のものでしたが、どうやって人手を集めたらいいのか苦労したとのことです。また、当初はNPO法人や社会福祉法人の取得を考えていたようですが、県の担当職員に相談したところ「おたくはもう法人格(宗教法人)がありますから、それでできますよ」とのこと。こうして宗教法人として「専正寺デイサービスまごころ」が誕生しました。

玄関を開けるとすぐ本堂があり、阿弥陀如来が迎えてくれます。利用者の居住スペースはこの裏手にある客殿。みな、毎朝仏様の前を通って居住スペースに向かうのです。

玄関を開けるとすぐ本堂

 
私たちが訪問した時には、10名ほどの利用者が客殿でくつろいでいましたが、ここで気になったのは誰がスタッフで誰が利用者かわからないこと。ここに限らず、富山型デイサービスの施設では、スタッフ向けのユニフォームはありません。それもそのはず、利用者は家にいるように生活するわけですから、利用者と支援者の区別はつかない方がいいのです。認知症を持つ方、障害を持つ方ともに利用されていましたが、利用者と支援者で話し合ったり、利用者同士でこっそりお菓子を渡しあったり、ほのぼのとした光景が印象的でした。

(※プライバシー保護のため一部画像を加工しています。)
本堂奥の客殿でくつろぐ利用者

 
「生きててよかったと思ってもらえるように」をケアの理念に掲げる専正寺の取り組みは、県内外の富山型デイサービスを提供する寺院のモデルともなりました。ここから、氷見市の明善寺(浄土真宗本願寺派)、砺波市の善福寺(真宗大谷派)へと波及していくことになります。次回の報告では、これら2カ寺の事例を紹介したいと思います。

2019.06.17