機能主義

著者
大正大学地域構想研究所 顧問
養老 孟司

「自然」災害と称されているが、その裏は都市問題であろう。自然は、はるか昔から特に変わったわけではない。ただ都市化は世界中で進んだ。東北の震災、世界的にはスマトラの地震以降、地球は活動期に入ったと地質関係の学者は言う。

新型コロナが典型だが、人が密集して暮らすから、「災害」になるわけで、これは家畜を見ればよくわかる。鳥インフルエンザで百万の桁の鶏を殺すことになる。これは多頭飼いをするからで、同じ条件で狭い範囲に多数の個体を飼えば、病気が流行したら、大変なことになるに決まっている。狂牛病(BSE)は飼料の問題だったが、牛がバラバラにウロウロしている状態なら、牛に牛を食わせるなんて奇妙なことは考えつかなかったであろう。

東京一極集中と言われてきたが、首都機能移転という言葉が流行した時期があった。私はこれを機能主義と見なした。古典的な基礎医学には解剖学と生理学がある。解剖学は人体の構造を扱い、生理学は機能を扱う。心臓は全身に血液を送るポンプである、と生理学は言う。機能はわかりやすく、構造はわかりにくい。ポンプはわかっても、心臓の構造をひと言で言える人はない。機能は目的論的であって、「なんのために」という疑問への解答を与える。機能主義は社会的には容認されやすい。「何々だから、こうする」という説明がしやすいからである。

私自身は生理学ではなく、解剖学を選んだくらいだから、機能主義は利用しても、採用はしない。機能主義には多くの問題がある。ただそれが社会の前提に近くなっていることは、長い間感じてきた。機能主義の行き過ぎを強く感じたのは、相模原の十九人殺しという事件が生じた時である。生まれつき障害があって、社会の厄介になるしかない人たちの人生に、どういう意味があるか、それを犯人は問うた。相当にヘンな人だとはいえ、「意味を問う」ことへの答えは機能にある。「こういう役に立ちます」と答えればいいのである。機能主義から人生の意味は出てこないことを、この事件はいわば「証明」してしまった。

戦後「お国のため」という言葉は冗談にしかならなくなった。定年後に私は東京大学の教養学部で教えたことがある。当時の東大はまだ国立大学で、講義の冒頭で私が東大の伝統として定年後の教授は頼まれても講義をする必要はない、それなのに私が来たのは、お国のためと思ったからだ、と述べたら、学生が笑ったのである。君子の三楽などと言ってもどうせ通じはするまい。私の若い頃は「お国のため」は腹がすくのを我慢する時にさえ使われたのである。この「お国のため」は機能主義のはき違えであって、実際には機能しなかったのは、敗戦でおわかりの通りである。

藻谷浩介(地域エコノミスト)によれば、日本の過疎地ですら人口密度からすれば欧州の平均程度だという。東京の過密さはいまさら論じる必要もない。なぜここまで過密化したのか。だから私は参勤交代を説いた。地方にもう一つ、生活の拠点を持てばいいではないか。

日本の将来には暗雲が立ち込めている。東南海地震はほぼ確実に来る。時期は2038年と言われている。その時に富士山が噴火するかどうか、そんなことはわからない。政府を頼りにしないとすれば、自分で解決するしかない。コロナのおかげで地方への分散がわずかに進んだみたいだが、その傾向をさらに進めればいい。どういう状況なら自分がいちばん楽か、それぞれの人がそれを知れば、解答は明らかであろう。

自分にとって、最も適切な状態とは、身体的なものである。これは自分自身で発見するしかない。都市生活はそれをわからなくするようにできているから、要注意である。具体的に知りたい人は、坂口恭平の『自分の薬をつくる』(晶文社)や『躁鬱大学 気分の波で悩んでいるのは、あなただけではありません』(新潮社)でも読んでいただけばいい。

 

(『地域人』第70号より)

2021.10.15