「エビデンス」という言葉が独り歩きしないために

著者
大正大学 地域構想研究所 主任研究員
中島ゆき

「時として“結論ありき”でデータを使い“根拠”を作り上げてしまったり、立案者の勘や経験に依拠して、実効性に欠けるような施策を立案してしまったりしたケースもある」とは、つくば市の政策イノベーション部情報政策課係長、家中賢作氏談(wisdom より「地方活性化の切り札に!データに基づいた政策立案「EBPM」が注目される理由とは」抜粋)。

確かに、そのような反省から内閣府では、EBPMを推進するべく、様々な取組を進められているのが現状です。(前回記事:エビデンスに基づく政策形成(EBPM)に向けて①

一方で、地方自治体の現場では、「現場では対応しきれない」「これまでも、なるべく数値で測ることをやってきたが、どこが違うのかわからない」「数値に振り回されていないか」といった声も聞かれています。

私自身、最近あちこちで耳にする「エビデンス」という言葉とその使われ方から、言葉だけが独り歩きしてしまわないかという懸念を少し感じ始めておりました。

そんな中、本学の小峰隆夫教授が主催される「地方創生について新しい手法を勉強する会」において、第1回目はまさに「EBPM」がテーマで開催。私も大変興味を持って参加しました。

同勉強会は、日本でEBPMの第一人者であられる三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 小林庸平氏の講義から始まりました。

「EBPMは今までと何が違うのか?その概要と留意点」といった基礎をしっかりおさえたお話から、先進国のイギリスの事例、日本における現状、そして自治体での活用事例を伺いました。

本稿では、同勉強会で話された中から、「エビデンスが重要なのではなく、合意形成のためにうまくエビデンスを活用する」という考え方について一部ご紹介します。この点を基本にしっかり持つことが、「エビデンス」という言葉だけが独り歩きしないために重要なのではないかと思っています。

(小林氏の講義内容のベースは、「日本におけるエビデンスに基づく政策の推進プロジェクト─英国におけるエビデンスに基づく政策形成と日本への示唆─」をご参考にしてください。)

 

EIPM(エビデンス インフォームド)の視点で、エビデンスはあくまで一つの道具

最近よく聞くようになったのは、「議会でエビデンスを求められることが多くなった」ということです。そのため、エビデンスを提示する事が目的となってデータ集めに奔走せざるを得ないシーンも見受けられます。(「毎月勤労統計」をめぐる問題で、昨年の12月、厚生労働省が総務省の統計委員会に昨年提出した資料に調査の実態と異なる記載をしていた事件などがいい例ではないでしょうか)

正しくエビデンスを求めていくことは非常に重要だと思います。
一方で、データを使えば「エビデンス」であるという見方や、「エビデンス」を絶対的なものとして捉えてしまう世の中の風潮は、上記のような「毎月勤労統計」をめぐる問題を起きやすくしてしまうのではないでしょうか。

それが「エビデンス」という言葉だけが独り歩きしないかという懸念になっています。

小林氏によると、同問題は既に多くの専門家の間で議論されはじめているとのことです。

実は昨今、このような誤解をふまえて、EBPM(エビデンスベースド)ではなく、EIPM(エビデンス インフォームド)であるべきとの議論もあるということです。

「現時点でもっとも信頼できるエビデンスを最大限活用して、政策的な意思決定を行うこと。決してエビデンス“だけ”に基づいて意思決定を行うことではない。エビデンスベースドという言葉が強すぎるために誤解が生じていることもあり、昨今はエビデンスインフォームドという言い方をするケースも増えてきています。エビデンスを政策決定の“ひとつの道具”へ捉える考え方です」(小林庸平氏談)

以下の図のように、エビデンスに加え、「社会の現状・課題」と「社会や個人の価値観」も考慮し、この3点をバランスよく考えて、合意形成することが求められているということです。

 

(出所)Haynes, R. Brian (2002) “What kind of evidence is it that Evidence-Based Medicine advocates want health care providers and consumers to pay attention to? “BMC Health Service Researchを参考に小林庸平作成

 

この考え方をベースにすると、例えば、エビデンスが示された結果、経済効率や合理性の観点からみて、最も効率的な政策でなかったとしても、地域の文化・価値観を尊重して別の政策を採択する可能性もあり得るということです。

それだけでなく、地域の文化・価値観を尊重した場合、その“文化・価値観の尊重”がどのように政策に反映されているのかを、なるべくエビデンスを集めて提示していこうという考えと捉えられます。これによって、これまでの「勘と経験と思い込みからの脱却」ができるというものでしょう。

今回の勉強会で、日本でいかにエビデンスを推進していくかという点については専門家たちによって議論されてきており、以前よりも、より理解されやすい方向にしていこうという流れであることがわかりました。

しかしながら、自治体の現場まではその本質が届いていない、また、そこまでの専門性を持っている人材がいないのが実情ではないでしょうか。そのため、言葉だけが独り歩きしているような感は否めません。

私たち大学や研究所こそが、こうした「エビデンス」にまつわる誤解をどのように解いていくか、また自治体のエビデンス部分をどのように支援していくか、考えていく必要があることを痛感した勉強会でした。

今回の小峰先生主催の勉強会は、「地方創生について新しい手法を勉強する会」という集まりです。

「地方創生で何か学ぼうとすると、多くが成功事例を検証し、それを自地域にどう生かすかといった形式のものが多い。しかし、もう少しベーシックな部分で新しい動きが出てきているので、それを自治体の皆さんと共有しながら、我々大学教員や研究所のメンバーも勉強し実践的に活用していければ」(小峰教授談)との趣旨とのこと。

特定の分野についての専門家のお話を聞きつつ、複数の自治体の方々も参加いただき、政策を立案する現場の方々とそれぞれで意見交換できる機会でありました。自治体の方々、研究者の先生方を支援していく研究所としても、非常に意味のある会でありました。引き続き、小峰先生の勉強会で研究所の役割について考えていければと思っています。

2019.10.15