起業家育成の進め方(4)

著者
大正大学地域構想研究所 特命教授
山本繁

まず採用希望者リストを作ろう

本稿では起業初期の「人材採用」について私見を述べたい。

まず初めに採用希望者リストを作ることを推奨したい。氏名、年齢、現職、採用したい理由、採用希望順位などを整理するということである。このリストに入るのは、ほとんどが既によく知っている人たちになるだろう。人が人を理解するには相応の時間が必要である。既によく知っている人と(採用を目的に)会って話をすれば、さらに深い理解に達することができる。過去と現在を点と点で結べば、その人が進んでいるベクトルを認識することもできる。相手に対する理解が深いほど人材採用の精度は高まる。

もちろん新たに出会うことが全く不可能と言いたいわけではない。例えば知人などに相談し、紹介してもらえることがある。採用リストの上位者に会いに行ったら「自分はタイミング的に難しいが、こういう人がいる」と紹介され、採用に至るケースもある。イベントを開催し、参加者の中から適切な人を探し出すのも有効だ。SNSなどで発信し、公募・採用することも決して不可能ではない。

しかし、いずれにしても、いよいよ誰かを採用したいとなった段階では、必ず”順位入り”の採用リストを作ることを推奨したい。その過程で採用の判断軸が磨かれていくのがメリットだ。また、相手をまだ十分に知らないことに気付くこともできる。特に起業初期の採用の失敗は、関係者のメンタルヘルスと会社の財務を悪化させ、起業の成功確率を下げる。判断軸を磨き、採用候補者をより深く理解することはそのリスクを回避するのに役立つ。

フルタイムに拘らない

リストができたら、次はいよいよ順位順に候補者に会っていく。会って、その人は自分が本当に採用したい人か改めて確認する。もしそうであれば、一緒に働ける可能性を模索・提案する。この際、強調したいのは必ずしもフルタイムで採用する必要はないということである。パートタイムや副業で構わない。主な理由は次の2つである。

① 採用される側にとって、パートタイムや副業であれば今の仕事を辞める必要がない。
② 採用する側にとって、パートタイムや副業の方が低リスク・低コストである。

採用される側、採用する側という表現が気になった方もいるかもしれない。

「いや、自分はそういう主従関係ではなく、共同創業者や対等なパートナーであることを二人目、三人目のメンバーには求めたいんだ」

もちろんその考えは尊重されるものである。ただ、様々な理由により最初からフルタイムで働くことが現実的ではないケースもある。そのために、パートタイムや副業も選択肢として残しておきたい。例えばだが、最初は週2~3日あるいは月60~100時間勤務などで始めて、事業が上手くいきそうで、本人ももっと多くの時間を事業に費やしたくなったらコミットメントを高める、というパターンを想定しておくのだ。

仮に、同じ給料で週3日働いてくれる人と週5日働いてくれる人、どちらが優秀だろうか。通常は前者(週3日の人)である。共同創業者や右腕レベルの働きを期待するなら、前者を採用した方が良いかもしれない。もちろん業態や期待する役割によっては後者を採用した方が良い場合もある。

また、
「リスクを取って、フルタイムで働かないと起業なんて上手くいかないのでは?」

という意見も世の中にはある。確かに起業家は果敢にリスクを取るイメージが一般にある。しかし非凡な起業家はリスクに慎重な面を併せ持つ。より正確に言うならば、彼らはリスクを認識・低減することに優れている。一見大きなリスクを負っているように見えるが、思慮深くそれを管理した結果、実際はそれほど大きなリスクを負っているわけではないのだ。逆に平凡な起業家は、安易に大きなリスクを取り、安易に大きな傷を負う。

上手くいっている仕事を辞めて、まだ1円も売り上げていないような会社に生活の全てを賭けるのは、贔屓目に見てもリスクの高い行為である。非凡な人間はそのリスクを避けようとする。非凡な人間を採用したければ、思慮深い人間を採用するものだと考えたい。その時、フルタイムしか働き方の選択肢がなければ、非凡で思慮深い人間(≒真の共同創業者になりうる人材)を採用し損ないかねない。

また、採用する側にとって、事業計画やビジネスモデルを修正したり、採用後に起きるギャップのことなどを考えると、フルタイムでの採用はリスクが高い。修正を全く必要としない新規事業計画や、ギャップが全く存在しない採用はほとんど存在しない。人は誰でも間違い、そこから学び成長していく。採用についても同様だ。最初から適切に判断できるわけではない。間違った時に学び、そして修正できるように、パートタイムや副業からスタートするというのはそれなりに理にかなった方法だろう。

採用が難航した時

思ったような人物を採用できそうにないケースでの考え方についても少しだけ触れておきたい。

「人の不足は己の不足を嘆くのと同義だからなぁ」

これは筆者が20代の頃、当時のメンターから言われた一言である。自分や会社が平凡だから非凡で思慮深い人間を採用することができない場合、新規の採用を一度諦めるのも選択肢の1つである。自分や会社が成長し魅力を増せば、いずれ望みに近い採用ができるようになる。

起業初期の人材採用に対する助言

最後に起業家育成の視点でまとめて、本稿を終えたい。

経験の浅い起業家は、採用といえばフルタイムだと思い込んでいることが少なくない。「必ずしもフルタイムである必要はない」と伝えることは、すぐにでもできる有益なアドバイスである。

次にできるのは、客観性の補完である。人は一度こうしようと決めると、マイナスの部分に目を向けようとしなかったり、リスクを過小評価する性質がある。これを心理学では確証バイアスという。起業における意思決定は、確証バイアスを含む認知バイアスとの戦いとも言える。適切な意思決定ができるようになるまで客観性を補完するのが、起業家を育成する側の重要な役割である。

次回は組織マネジメントをテーマにしたい。

2020.12.01