コロナショックと日本モデル

著者
大正大学地域構想研究所 教授
小峰隆夫

地域経済のこれからを考える時、現在進行中の新型コロナウイルスの影響から目を離せない。コロナウイルスが猛威を振るい始めてからかなりの月日が経過し、色々な情報が集積してきたので、現段階での日本の感染症防止、経済的影響を評価してみよう。

世評とは逆に、日本はかなりうまく危機を乗り越えつつある

世の中の議論を聞いていると「日本ではPCR検査件数が少ない」「行動規制が他の国に比べて緩すぎる」「累積感染者数が増え続けている」等々、どんどん悲観的になってしまう。しかし私は、日本は今回のコロナショックをかなりうまく乗り越えつつあると考えている。

これにはしっかりした指標が必要だ。私はその 指標としては「人口当たりのコロナ感染症による死者数」が適当だと考えている。報道などでは「今日判明した新規感染者数は〇人」という数字が前面に出るが、いくら感染者が増えても、亡くなる人がいなければあまり問題にならない。逆に、感染者が少なくても、死亡者が多いのでは何にもならないはずだ。

その人口当たりの死亡者数を国際的に比較した のが左図上だ。これによると、人口百万人当たりの死亡者数(累計)は、イタリア513.7人、イギリス491.4人、フランス415.7人、アメリカ255.6人、ドイツ94.1人に対し、日本は異次元の5.4人である。なお、韓国も5.1人と非常に少ない。客観指標で見て、日本は感染症を最小限の被害で乗り切りつつあるといえる。

経済的影響の方はどうか。この点についても、 日本だけを見ていると、消費が落ち込んだり、雇用情勢が悪化したり、観光・外食産業が大打撃を受けたりと暗い話ばかり目にするが、他の先進諸国と比較してみるとやや話が違ってくる。

上の図は、コロナショック直前の2019年10~12月期を100として、その後のGDPの推移を示したものだ。点線部分は2020年の4~6月期以降の予想だ。1~3月期以降日本経済は大きく落ち込んではいるが、他の先進諸国よりは相対的に落ち込み度合いは小さい。また、雇用情勢についても、2020年4月の失業率は、アメリカ14.7%、EU7.3%に対して、日本は2.6%。こうした指標を見ると、他の先進諸国に比べて、日本の経済的打撃は相対的に小さいようだ。

もちろん、日本は他の先進諸国よりはずっと緩い外出規制で感染症を乗り切りつつあるからこそ経済的打撃も相対的に小さかったのである。

比較的うまくいったコロナ対策だが はっきりしない「日本モデル」の正体

では、なぜ日本は比較的うまくコロナショックを乗り切ってきたのか。安倍総理は、5月25日の緊急事態全面解除の際の記者会見で「日本は緊急事態を宣言しても罰則を伴う強制的な外出規制などを実施することは出来ない。日本ならではのやり方で、わずか1カ月半で今回の流行をほぼ終息させることができた。「日本モデルの力を示したと思う」と述べた。

問題はこの「日本モデル」とは何かがよく分か らないことだ。以下、全く私の専門外だが、各方面からは次のような理由が指摘されている。

●BCGワクチン説:結核を予防するBCGワクチンが自然免疫の力を高めている。専門家の中にはしっかりしたエビデンスがないという意見もあるが、支持する専門家もいる。

●日本型の対応成功説:日本では当初から、PCR検査を抑制気味に運営してきたこと、三密(密閉、密集、密接)を避けるというキャンペーンを展してきたことなど、他の国ではなされなかった日本独自の対応を行ってきた。これが成功したのかもしれない。

●充実した医療体制:国民皆保険のしっかりした医療体制の下で、医療崩壊を起こさなかった。逆に、欧米で死者数がけた違いに多いのは、軽症者、無症状者、非感染者も含めた多くの人々が一斉に病院に押し寄せ、医療崩壊が起きたからかもしれない。

●日本人の同調的行動:日本が進めている外出規制、行動規制は、諸外国に比べると、強制力や罰則がなく、かなり緩いが、多くの日本人は自主的に外出を控え、他人との接触を大幅に減らした。これも外国では真似のできないやり方のようだ。

●日本の生活習慣説:日本では屋内では靴を脱ぐし、普段からマスクをいとわないし、握手・ハグなどの身体接触を伴う挨拶をしない。また、そもそも清潔好きだ。最近でこそ欧米でもマスクをするようになったが、かつてはマスク姿はほとんど見られなかった。逆に日本では、かなり早い段階からマスクをしていないと白い目で見られた。

実は、これまでの日本経済の歩みを振り返ると、今回の日本モデル的な出来事がしばしば見られる。戦後の荒廃からの高度成長による復興、2次にわたる石油危機の克服、1980年代後半の急激な円高ショックの克服、そして東日本大震災。いずれも外からやってきた大きなショックだったが、「火事場の馬鹿力」的な対応力を示して、事後的に見ると比較的うまくショックを乗り切っている。

今回のコロナショックに対しても、我々は伝統 の火事場の馬鹿力を発揮したのかもしれない。いずれにせよ、この点を科学的に解明し、他の国々に参考にしてもらい、さらにはこれからのコロナショックの第二波に備える必要があるだろう。

「地域人」第59号(2020年7月10日発売)掲載

 

2020.08.03