コロナショックとナッジ

著者
大正大学地域構想研究所 教授
小峰隆夫

新型コロナウイルスが猛威を振るっている。この「コロナショック」は、今や日本経済全体に、そしてもちろん地域経済にも大きな影を投げかけている。こうした点はいずれデータがそろったら詳しく検証する予定だが、今回はまず、地域経済の最近の変化の概要だけお伝えしよう。続いて、行動経済学の成果に基づき、人間のバイアスを利用して、人の行動を望ましい方向に誘導する手法「ナッジ(Nudge)」について考えたい。コロナショックへの対応に、具体的にナッジの考え方が応用されつつあるからだ。

コロナショックで地域経済は大打撃 全ての地域で景況感が一斉に悪化

コロナショックは地域経済にも大打撃を与えつつある。政府(内閣府)は、4半期に1回「地域経済動向」というレポートを作成・公表してブロックごとの地域の景気の動きをレビューしている。その中で、地域ごとの景況判断が示されているので、その判断の変化を並べてみれば、地域ごとの景気の現状判断の推移が分かる。

下の表はその推移を示したものだ。ここでは、分かりやすいように、景況判断を良い順にAAからDまでの5段階評価で示している。なお、これは政府の判断を元に私が独自に記号化したものなので、記号そのものは公式判断ではないことに留意してほしい。

この表を見ると、2019年11月までは地域の差こそあれ、どの地域も緩やかな「回復」と評価されていた(AAは少ないがB評価が最も多い)。本年3月には一気に全地域で「回復」という言葉が消え、コロナショックで厳しい状況という判断に変わっている(D評価)。

この経済的ショックは、短期的に先行き1年程度の地域経済を揺るがし、長期的には地域の活性化戦略にも影響しそうだ。こうした点は、もう少しデータがそろった時点で改めて考えたい。

ナッジで「社会規範への同調」活用し大都市圏の自粛要請を効果的に

次に前回取り上げた行動経済学に基づくナッジと今回のコロナショックの関係を取り上げよう。ナッジを利用して少しでもコロナショックへの対応を前進させようという試みが提案されており、実際に取り上げられつつある。

コロナショックへの対応としては、一人一人が自らの行動を変えて、ウイルスから身を守り、かつ他人に移さないようにする必要がある。その一環として、東京や大阪では 3月28、29日の週末は不要不急の外出を控えるよう自粛要請が行われた(その後も継続)。この自粛行動をより効果的にするために、大阪大学大学院経済学研究科の大竹文雄教授がナッジの応用を提案している。

前回の説明を復習してみよう。行動経済学の知見では、多くの人は必ずしも合理的に行動するのではなく、直感的な判断で意思決定をしている場合が多い。その一つの形態が、「社会規範への同調」である。周りの人がどう行動するかを「社会的規範」としてとらえ、それに合わせて行動するのである。

大竹教授は、テレビや新聞の報道内容を工夫すべきだとする。テレビを見ていると、自粛要請にもかかわらず外出している人を取り上げたりしている。しかしこれを繰り返すと、見ている人々は「外出するのが社会的規範だ」と認識してしまい、自粛効果が薄れてしまいかねない。逆に、自粛要請に応えて、自宅で工夫して仕事を進めたり、余暇を過ごしたりしている人を集中的に報じるようにすべきなのだ。

手洗いの促進で、すでに効果が実証済み 新型コロナウイルス予防にも応用を

新型コロナウイルスの感染予防には手洗いが有 効であり、20秒程度の時間をかけて丁寧に洗うことが推奨されている。この手洗いを促すナッジも工夫され盛んに議論されている。例えば、20秒程度洗うことを促す方法として、「ハッピバースデートゥーユー」を2回歌いながら手を洗うという方法がある。時計を見ながら手を洗うより、こちらの方が楽しくて簡単だ。また、床のデザインを工夫することによって人々を洗面台に誘導するというやり方は、今回のコロナショック以前から議論されている問題だ。アメリカの実験では、約 2万人のトイレ利用者の液体石鹸の使用量から手洗いの頻度を測定して、床に洗面台に向けた矢印のステッカーを張ることによって、手洗いの頻度が男性は40%から46%に、女性では66%が76%に増加したという結果が報告されている。

この矢印で誘導するという方法は、今回の新型コロナ騒ぎの中で日本でも実践されている。例えば、宇治市では、新型コロナウイルス感染症対策本部が、庁舎の出入口7カ所すべてに、消毒液へ誘導する矢印を示したイエローテープを貼り付けた。訪れた人々が自然に消毒液の場所に誘導されるようにしたのだ。この取り組みは既に別の地方公共団体にも広がっている。

手洗いを促すメッセージとしてどんなものが有効についても調べられている。一般に社会的規範に訴えかけるもの(「5 分の4の人は手を洗っています」というようなもの)が有効だということが明らかになっている。さらに、イギリスの高速道路サービスエリアのトイレで、約2万人を対象にメッセージごとの液体石鹸使用量を調べたところ、女性には具体的な情報を織り込んだ「水は除菌しません、石鹸が効きます」のようなメッセージが、男性には「隣の人は石鹸で手を洗っていますか?」が最も効果的で、それぞれ石鹸使用量が11 ~12%増加した(つまり石鹸を使う人が増えた)という結果が報告されている。

こういう記事を見ていると、われわれも少しでもナッジの知識を応用してコロナウィルスに立ち向かおうではないかという気になる。

 

2020.07.15