経済学の視点から地域創生を考える

著者
小峰隆夫

著者:大正大学地域創生学部教授 小峰隆夫

私はこれまで、「経済学は地域問題にどう貢献できるのだろうか」ということを考え続けてきた。一般的に、「地域創生に貢献する」というと、「どうすれば地域を活性化できるか」という即効的な議論を期待されることが多い。しかし、「残念ながら、経済学の知識を身に付けたからといって、地域活性化の素晴らしいアイデアが湧いてくるわけではない」というのが筆者の率直な感想だ。

ただし、経済学が役に立たないわけではない。経済学は地域問題を理解し、より効率的に地域行政を行っていく上で、役に立つ面がたくさんある。

これは、企業経営と経営学の関係に似ているような気がする。経営学を学ぶ人の動機は、現実の企業経営にその知識を生かしたいということだろう。だが、経営学を熱心に学べば企業経営に成功するかというと、どうもそうは限らないようだ。

しかし、経営学で学ぶバランスシートの見方や経営分析の手法は、企業の現状を客観的に把握し、一見しただけでは目につきにくいような課題を発見するのに役立つだろう。これは経済学でも同じことがいえる。

経済学を知れば、地域を活性化できるわけではないが、地域問題をより客観的に理解し、多くの問題を効率的に処理していくのに役立つはずだと思う。

新たなテーマ「EBPMとナッジ」は地域の行政へ効率的に役立つか

まず、効率的に地域行政を運営していく上で役立ちそうなものとして、EBPMとナッジがある。EBPMとは、「Evidence Based Policy Making」の略で、「証拠に基づく政策立案」と呼ばれている(下の図参照)。これは「エピソード・ベースからエビデンス・ベースへ」と考えればわかりやすい。

例えば、ある町がごみの不法投棄に悩まされていたとする。ところが隣町では不法投棄が少ない。どうやら隣町では、センサーライトが設置されている集積所は、不法投棄が少ないようだ。そこで、自分の町でもセンサーライトの設置が必要ではないか、という提案が出たとしよう。この提案は「エピソードに基づく政策立案」である。

この提案が有効かどうか調べてみると、そもそも隣町では、ごみ処理に対する啓発活動が盛んで、住民のごみ処理に対する意識が高かった。住民意識が高かったから不法投棄は少なく、センサーライトをつけるという手段が講じられたのである。故に、正しい政策はごみについての啓発活動だということになる。これが「エビデンスに基づく政策立案」である。

このように、これからの地域の課題とその解決策を考えていく上で、経済学の観点から参考になりそうなことは多い。

もう一つ、ナッジ(Nudge)も最近注目されてきた。ナッジとは、「肘で軽くつつく」という意味で、強制的に人々の行動を変えようとするのではなく、行動経済学の理論に基づいて、人々が自発的に行動するようにアプローチすることを指している。

行動経済学という分野は、筆者が大学で経済学を勉強したころには、影も形もなかった領域である。伝統的な経済学では、人々(消費者や企業)は効用や利益の最大化を目指して合理的に行動すると仮定する。これに対して行動経済学は、人々の行動には「バイアス(偏り)」があると考える。実はこのバイアスの存在が、我々が直面している問題の解決を難しくしている。

例えば、行動経済学の指摘するバイアスに「現在バイアス」がある。人々は、将来よりも現在の利益を重視するというバイアスである。ダイエットを決意した人がいたとする。長い目で見れば、そうしたほうがよいことはわかっている。ところが、目の前にケーキが出てくると「ダイエットは明日からにして、今日はケーキを食べよう」と考えてしまい、ダイエットの実行はずるずると先延ばしされる。これが「現在バイアス」だ。このバイアスをちょっとした工夫で修正しようというのが、ナッジである。

現在バイアスには、「コミットメント」という手段が有効だとされている。コミットメントというのは、自分で自分の行動を縛るような決まりをつくっておくといったことだ。例えば、「毎日1万歩く」「一定額を預けておき、甘いものを食べると一定の金額が差し引かれる」といった仕組みを工夫するのである。このナッジを現実の政策運営に生かそうという動きが広がっているのだ。

フューチャー・デザインとスマート・シュリンクの考え方

地域の将来を展望し、長期的な政策を考えていく上で役立ちそうな考え方もある。それは、「フューチャー・デザイン」というものだ。計画づくりに際して市民の意見を聞くときに、一部の市民には「30年後の住民になったつもりで意見を言ってください」と依頼することによって、将来世代の考え方を現在の計画づくりに反映させようという試みである。一方、スマート・シュリンクというのは「賢く縮む」ということ。日本の人口は、仮に出生率が奇跡的に急上昇したとしても、少なくとも今後50年程度は減り続けることは確実だ。ましてや地方部の人口減少は続かざるを得ない。

これに対して多くの自治体は出生率を上げたり、人口流出を抑制することによって「人口が減らないようにする」政策に力を入れている。もちろんそれも重要なのだが、必ず人口は減るのだから「人口が減っても住民福祉が損なわれないような政策」も考えるべきだ。これが「スマート・シュリンク」の考え方である。

これまでのような、伝統的な経済学にとらわれることなく、新たな視点で、新しい手法を取り入れていくことも重要だ。

2019.12.16