少子化と男女共同参画

著者
大正大学地域構想研究所教授
小峰隆夫

人口問題の基本中の基本は、少子化の進展である。ではその少子化の原因は何か。これについては諸説があり議論が尽きないが、私は男女共同参画への歩みが遅いことが最大の原因だと考えている。

所得水準が上がるとなぜ子供の数が減るのか

前回、世界の人口問題を論じた時に、「世界を概観すると、所得水準の低い国・地域ほど出生率が高い」と述べた。所得水準が高い国・地域は出生率が低いということである。日本の場合も、戦後の経済成長によって所得水準が上昇する中で、少子化が進展してきた。ではなぜ、所得水準が上がると子供の数が減るのか。標準的な経済学では、これを次のように説明する。

まず、それぞれの家計は、「子供を持つことの効用」と「子供を持つことのコスト」を比較して「子供を持つか持たないか」「何人子供を持つか」の選択をしていると考える。このように話し始めると、「経済学者は何でも損得ずくで考えるが、世の中はそんなもんじゃないよ。子供を何人持つかは夫婦の愛情の問題で、経済計算で考えているわけではないよ」という人が出てくるだろう。

ところが、国立社会保障・人口問題研究所「第15回出生動向基本調査」(2015年)で、夫婦に、理想の子供数を持たない理由を聞いた結果によると、最も多かったのが「子育てや教育にお金がかかりすぎる」という答えだった。やはり経済計算をしているのである。

そこでまず、子育てのコストと所得水準との関係を考えよう。子供を持つことのコストとして多くの親が最も強く意識するのは教育コストである。この点については、所得水準が上昇すると、教育費も上昇すると考えるのが自然だ。所得水準が上がるにつれて、子供の教育水準を高めたいと考えるようになるからである。

もう一つは「子育てのコスト」である。これは単なる育児費用ということではなく、女性にとっての機会費用を指している。機会費用というのは、あることを行うことによって何かをあきらめなければならなかったとした時、そのあきらめたことがコストだという考えである。

一昔前の日本では、女性はある年齢になると結婚して家庭に入り、家事、子育てに専念するのが当然だと考えられていた。この場合は女性が子育てに従事しても特にあきらめたことはないわけだから、機会費用はゼロである。

しかし、所得水準が上昇し、女性も男性と同じように高い水準の教育を受けて、高い賃金を得るようになってくると、話が違ってくる。今度は、育児に従事する女性は、そうしなければ得られたであろう就業上の地位と高い所得を犠牲にすることになる。

次に、子供を持つことの効用を考えよう。これもかつての日本がそうであったように、社会保障制度が未発達な家族中心の世界では、子供の数が多い方が、老後の担い手が多くなるから親は安心である。しかし、所得水準が上昇し、年金などの社会保障制度が充実してくると、子供が多いからといって老後が安心というわけではない。こうして、所得水準の上昇とともに、子供を持つことのコストは上昇し、メリットは小さくなるため、子供の数は減っていくのである。

少子化が特に目立つ日本の特殊事情とは何か

しかし、以上のような一般論だけでは、近年の日本の少子化傾向を説明することは難しい。先進国の中で日本は特に少子化の進展が目立つからである。これはなぜなのか。

私は、日本の伝統的な働き方が関係していると考えている。日本的な働き方の大きな特徴は、長期雇用である。多くの人々は、最初に勤め始めた企業で定年まで働くことが基本だと考えているし、企業の側も採用した人間は長期間自社で働き続けるという前提で採用している。こうした日本的な働き方は、次のような点で女性の子育ての機会費用を大きくする。

第1に、長期雇用の下では、オン・ザ・ジョブ・トレーニングを通じて企業にフィットした人材が育成されていくため、女性が子育てのためにいったん退職すると、再び同じ条件で職場に戻ることが難しくなる。

第2に、長期雇用下の日本の賃金は、勤続年数に応じて上昇していくという年功型の色彩が強い。こうした賃金体系の下では、正社員と非正規社員との賃金格差が大きくなる。日本では、子育てを終えて再就職する時、非正規となる場合が多いのだが、そのパートの賃金は、子育てをせずに働き続けた場合よりずっと低くなる。

第3に、長期雇用の下では、残業時間で仕事量の調整が行われるから、どうしても長時間労働になりやすい。このため日本の男性の家事・育児への参加はなかなか進まない。内閣府の男女共同参画白書(2018年)で紹介されているデータによると、日本の6歳未満の子供を持つ夫の1日当たりの家事・育児時間は、1時間23分であり、アメリカの3時間10分、スウェーデンの3時間21分などと比較して圧倒的に少ない。これが少子化に関連している。

上の図は、夫の家事・育児時間の長さと第2子以降が生まれる割合を比較したものである。これによると、男性の家事・育児時間が長いほど、第2子が生まれる割合が高い。第1子の育児経験で、男性の家事・育児参加が少なく、女性への負担が集中する場合には、第2子の出産を控えてしまうのである。

以上見てきたことは要するに、日本の従来型の働き方が、男女共同参画という社会的な流れとフィットしなくなってきており、それが少子化をもたらしているということである。病気に例えれば、これこそが真の病なのであり、少子化現象はその結果として熱が出ているようなものである。「子ども手当」のような対策は、いわば解熱剤のようなものである。解熱剤で一時的に熱を下げても真の病気は治らない。真の病気を治せば自然に熱は下がるのである。

(『地域人』第75号掲載)

2022.03.15