することないか?

著者
大正大学地域構想研究所 顧問
養老 孟司

ヒトの作業には二つあると私は思っている。一つは対人で、もう一つは対物である。ほとんどの人が、とくに都市生活では、対人に時間を費やしていると思う。お金になるのは、もちろん対人の仕事である。

対物とはつまり一次産業や職人の手仕事だが、これはお金を稼ぐには非能率である。だからあまり人気がない。江戸時代ですら、傘張り浪人といわれたくらいである。

ものごとには表裏があって、対人はお金になる代わりにストレスが多い。対物は万事こちらの気分次第で、その種のストレスがほとんどない。私は若い時から気を遣う性質なので、対人の仕事は苦手である。虫採りがいちばん気に入っているのは、そのせいもある。

虫を調べるのに欠かせないのは、自然に関する知識である。最近とくに気に入っているのは、Picture This というスマホのアプリである。植物を見つけてその写真を撮ると、名前を教えてくれる。虫が何の花に集まっているか、どういう草の葉を齧っているか、一発で教えてもらえる。これまでは植物に詳しい友人を連れて歩くしかなかったのが、全部自前でできる。虫についてはさすがに種類が多すぎるので、こういうアプリはまだない。

もちろん同定に間違いもあるだろうが、私自身よりよほどマシである。ためしに縁側で寝ているネコを撮ってみたら、「植物がありません」という返答が返ってきた。自宅の庭や近所を散歩するときに、このアプリは欠かせない。孔子は詩を読めと諭している。そうすれば身近にある植物の名を覚えるというのである。そんなものを覚えてどうなると思った人は、縁なき衆生である。

コロナのおかげで地方への移住に人気が高まっていると聞く。都会を離れて田舎に行くなら、せめて植物くらいに関心を持った方がいいと思う。AIの未来があれこれ言われるが、こうした便利なアプリを手に入れると、AIもいいものではないかと思う。リモート・ワークだけがAIのメリットではない。

 

箱根の別荘にて

(「地域人」第64号より)

2021.02.01