まちの香り

著者
大正大学地域構想研究所 最高顧問
鎌田 薫

シャンゼリゼ大通り

フランスでは、新型コロナウイルスの新規感染者数が再び急増したことによって、12月1日まで全土で外出が制限されることになった。このことが報道されるときに、しばしばシャンゼリゼ大通りの閑散とした風景が放映された。凱旋門のあるエトワール広場(*現在は「シャルル・ド・ゴール広場」に名称変更)から、コンコルド広場に至るシャンゼリゼ大通りが世界で最も美しい街路であることは誰もが認めるであろう。

この美しい景観が150年を超えて変わることなく維持されてきたのは厳しい建築規制があったからであり、土地の高度利用という観点からは疑問の余地があるかもしれないが、それによってもたらされる付加価値は大きく、バブル期には日本企業もシャンゼリゼ周辺の不動産を相当数購入していた。

そうした時代に、ある不動産の価値評価に協力を求められて、規制内容の細目を調べたことがある。たとえばエトワール広場に面した建物のうち少なくとも3棟は日本企業の所有であると言われていたが、フランスでは、広場はそれを取り囲む建物と一体になっていると考えられているので、広場に面した建物の外観はほとんど全く変更することができないものとされていた。また、凱旋門の下にある無名戦士の墓などに大統領や国賓が献花に訪れるからだと思うが、それらの建物を不特定多数の集まる用途に供することはできないという用途規制もあり、ショールーム的な利用を考えていた日本企業の目論見は頓挫したと言われている。

住民がいなければ「まち」ではない

それ以上に関心をひかれたのは、住宅を事務所その他の業務用に変更するには、同一地域内にある同じ面積以上の業務用区画を住宅に変更しなければならないという規制である。現実の利用状況に照らすと、これがどこまで厳格に運用されてきたか疑問の余地があるし、経済発展が強く意識されるようになった時代にこうした規制がいつまでも維持されうるのか懸念されたが、住民のいない「まち」はありえないという理念を都市計画の基本に据えている姿勢には強い共感を覚えた。

ここでいう住民は、翌日の仕事に備えて体を休めるためにだけ自宅に帰ってくる人ではなく、地域に定着し、地域を支える人を想定している。そして、多様な人材が居住し、それぞれの知恵と能力を発揮して地域の発展に貢献しており、たとえば祭りになると、家々から老若男女が表に出てきて、一体感を確認し合える。そうしたことを通じて、それぞれのまちに特有の雰囲気、「まちの香り」を醸し出し、その魅力がそのまちをさらに発展させていくのではないだろうか。

住民をどう呼び戻すか

パリのカルチェ・ラタンには、大学や書店などが数多く集積し、すっかりまちの中に溶け込んでいる。そして、まちのあちこちに著名な芸術家たちが集まっていたカフェや、実存主義者のたまり場だったカフェがあり、その近くにはサルトルとボーボワールが住んでいたアパルトマンや、彼らが通った庶民的なレストランなどがあって、誰もが自然に文化・芸術の香りにひたることができる。

翻って東京を見てみると、豊島区や文京区を中心に都心部に数多くの大学があるが、地価の高騰等によって学生たちは大学の近くには住めなくなっており、それが学生相手の食堂や書店を衰退させ、学生街の雰囲気を失わせている。新宿も60年代・70年代には芸術の発信拠点としての雰囲気を持っていたが、それも失われ、東京から文化の香りは消えつつある。そうしたことから、私自身、大学の周辺に学生を呼び戻し学生街を再興する再開発をすることや、新宿の商店街・劇場・演芸場・大学等が一体となって「新宿文化祭」を行うことなどを構想したが、力不足でこれらを実現することはできなかった。

この点、高松市丸亀町などでは新たな住民を招き入れて商店街を活性化する再開発に成功をしている。次号では、その成功の秘訣を探り、それを幅広く活かす途を考えてみたい。

(「地域人」第63号より)

2021.01.15