健康とまちづくり

著者
大正大学地域構想研究所 最高顧問
鎌田 薫

高齢化社会における「まちづくり」

わが国では急速に少子高齢化が進んでいる。それに加えて、経済のグローバル化に伴って、生産拠点が海外に移転し、管理機能のみが国内に残ったことなどから、本社機能と働き盛り世代の人たちが東京を初めとする大都市圏に集中し、地方における高齢化の進展に拍車をかけてきた。こうして地方圏において特に、高齢者のみで暮らしている世帯が増えてきた。

地方ではまた、中心市街地における商店街の衰退、コミュニ ティの崩壊、医師や病院の不足、自治体財政の悪化など、身の回りの世話や介護を担う家族と同居していない高齢者が日常生
活を維持していくことすら困難にする状況に陥りつつある。

こうしたことから、地方の実家に暮らしていた両親が高齢になったので、万一のことも考えて大都市近郊に呼び寄せるという例も少なからず見られるようになってきた。必ずしも大都市圏が高齢者にとって住みやすい環境であるとは思わないが、人が健康で文化的な生活を維持するためには、病院等を整備するだけでは足らず、地域全体がそれにふさわしい仕組みになっている必要があることを示唆していると言ってよいであろう。

MBT(医学を基礎とするまち)

この点、奈良県立医科大学の細井裕司学長が提唱されている「医学を基礎とするまち(Medicine-Based Town=MBT)という概念は大変興味深いものと感じている。

これは、核家族の解体、地域社会の崩壊、医療福祉財政の悪 化という八方ふさがりの打開策として、地域社会(コミュニティ)を再生するとともに、民間の事業者の参入、非営利組織の育成などを通して、市民自治の力で地域包括ケアを実現しようとするものである。

そのためには、価値観的にも身体的にも多様な個々人のライフヒストリーに応じた多彩な社会サービスを提供するために、ひとりひとりの顔や個性が見える社会的ネットワークの構築が重要になるとして、これまでもひとりひとりの人間を対象としてきた医療福祉分野の経験蓄積と都市計画・まちづくり分野のコミュニティ・デザインの経験蓄積とを融合させて、人も都市も元気にするための技術領域を提供する場としてのMBTを構築すべきであるとする。

奈良県立医大では、同大学現キャンパス近くの今井町で、橿原市や早稲田大学などと連携して、MBT構想を実践するプロジェクト(今井町アネックス構想)を始動させている。

地域が支える住民の健康

今井町は、17.4 ha の地域に約500棟の伝統的建造物が遺 る全国最大規模の重要伝統的建造物群保存地区であり、年間3万人の観光客が訪れるが、空き家・空き地が増加している。この空き家・空き地を再生・利活用し、退院患者の在宅復帰でのリハビリ訓練施設、ICT技術を活用した健康見守り住宅、ケア付き共同住宅の1階や中庭を利用した地域交流スペースなどを設けるとともに、金融機関や民間企業とのコンソーシアムを組織し、地域における産業創出等も目指している。

この今井町アネックス構想プロジェクトにも参画している早稲田大学「医学を基礎とするまちづくり研究所(」所長:後藤春彦早稲田大学理工学術院教授)では、これらをさらに一般化するかたちで、「高度医療に依存しない在宅医療・まちなか医療システムの確立、徒歩による外出を誘発するコンパクトな都市構造の獲得、逆都市化のすすむ郊外部のレクリエーション空間としての適正管理、地域の多主体が連携・協働する仕組みの構築などを通して、地域を基盤として医療・福祉に関連するさまざまな機能や施策の有機的連携を作り出し、地域全体で医療・福祉・健康を支えていくシステムに関する計画・実践理論を構築する」ことを目的とする空間技術研究を進めている。
これら以外にも、各地で、「毎日病院に通うのではなく、ま ちが日常的に住民を見守る」システムの構築を目指す試みが始まっており、その成果に大いに期待している。

(「地域人」第63号より)

2020.11.16