「地域の教育力」で新たな活力を

著者
大正大学地域構想研究所 最高顧問
鎌田 薫

「土着」と「自立」

1978年(昭和53 )から2年間、在外研究のためにフランスに滞在した。「フランスにはパリと砂漠しかない」と言われるように、フランスは、政治・経済だけでなく学問研究においても、人材や資源がパリに集中している。しかも、私が在籍したパリ第2大学は旧パリ大学法学部を承継した最も権威主義的な大学であると評されているのだから、そこに学ぶ学生は皆、中央での立身出世を目指しているのかと思い込んでいた。

しかし、実際に地方出身の学生と話してみると、卒業後は故郷に帰るという者が少なくなかった。また、引退後は田舎の家で晴耕雨読の生活をするのが夢だと語る著名な学者もいた。農家相続の調査のために訪問した農業関係者は一様に自分の故郷について熱く語ったし、中には 60 歳を過ぎるまで新婚旅行の2日間を除いて自分の村を出たことがないことを自慢する人もいた。

これらは断片的な体験でしかないが、私自身の先入観に反して、少なくともフランスの地方人には強い「土着」的な意識があると感じたことは印象深かった。仮に本当に土着意識が強く存在しているとしたら、その理由は何だろうか。考えられるのは、フランスが農業国であること、エコロジストが多い(欧州議会に最も多くの緑の党議員を送り込んでいる)ことなどと並んで、農林水産業のみならず商工業においても家族経営を重視しており、なるべく早く経営承継ができ、後継者が円滑に「自立」できるようにするためのさまざまな施策が講じられていることが挙げられる。

すなわち、農業を例にとれば、現経営者が死亡するまで農地の所有者であり、かつ、経営主体であり続けると、経営者の死亡のときに相続争いが起きたり、遺産分割によって経営が細分化されたりして経営継続が困難になることがありうるし、後継者が長く経営の補助者の地位にとどまることは経営承継の意欲を失わせることになりかねない。そこで、たとえば現経営者が60 歳か 65 歳になったときに後継者に経営を譲り、かつ、推定相続人の間での遺産分割まで済ませてしまえば、相続争いを避けつつ、円満に経営承継ができることになり、後継者の張り合いも出てくると言うことができる。

これを実現するために、民法制定当初から、贈与分割という生前に遺産分割を行う制度や、終身定期金や用益権(所有権を相続人に譲り渡した者が終身の利用権を留保し、それを経営承継人に賃貸することで賃料収入を得ることができる)など、財産を全て譲った経営者の収入を確保するための制度が設けられている。さらに、時代によってかなりの変化はあるが、早期の経営承継をした場合に年金や相続税に関して優遇措置を講ずるとともに、後継者の「自立」を支援する制度(経営指導・財政的支援等)を設けてきた。これらが相応の効果を上げてきたと言うことができる。そして、この自立支援策は、既存の経営承継人のみならず、他の地域・他の分野からの新規参入をも促す効果を有している。

これにあえてもう1点付け加えると、1968年の5月革命以後に、若者の自主的な意見や行動を社会全体が受け容れるようになったこと、および成年年齢が 21 歳から 18 歳に引き下げられたことなどが、若者の(右に述べたのとはまた少し違った意味での)「自立」を促してきたことを挙げておきたい。私が会った農業者の中にも、山岳地帯の狭小な土地を使ってヤギのチーズを作っている若い農業者が、実はパリの有力企業の経営者の御曹司であったという例がある。

「やりがい」と「やる気」

上に述べてきたように、家業を円滑に承継させ、あるいは他の地域・他の分野からの新規参入を促進することで地域の産業を振興しようとするならば、それを行うことに「やりがい」を感じ、「やる気」を喚起させる政策をとることが肝要である。

その関係で心配なのは、日本の若者の自己肯定感の低さである(内閣府「令和元年版子供・若者白書」等参照)。この点に関しては、学校や家庭での教育に加えて、地域の大人と子供との触れ合い、各地域が有する自然・文化・伝統等を背景とするさまざまな体験などを通じて、地域の構成員としての社会性・規範意識や自主性・創造性等の豊かな人間性を養い、地域社会との関わりの中で自分自身を再評価させることが有用であろうと考える。

2020.10.15